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2008年12月 5日 (金)

"ニュージーランドの希望の星" ディーン・バーカー (1)

現在エミレーツ・チーム・ニュージーランドのヘルムス兼スキッパーを務めるディーン・バーカー(Dean Barker)へのインタビュー記事が、ニュージーランド・ヘラルド紙に掲載されているのでご紹介します。

2000年オークランドで開催された第30回アメリカスカップ決勝において、当時ラッセル・クーツが率いていたチーム・ニュージーランドが、プラダ・チャレンジに対し4勝0敗としカップへ王手を掛けたところで、第5戦のヘルムスとして抜擢されたのが当時26歳のバーカーでした。その結果見事に第5戦を制し、史上最年少でカップを勝ち取った「若き新星」として華々しくデビューしたバーカーも、今や35歳。その間、2003年の第31回アメリカスカップではクーツやバタワースが移籍したアリンギに叩きのめされてカップを失い、批判に晒されながらも崩壊しかけたチームを見事に立て直して、昨年の第32回大会ではカップにあと一歩というところまで迫るなど、波乱に富んだ多くの経験を積んできました。

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当初はクーツと比べて「線が細い」という印象がありましたが、今では誰もが認めるニュージーランド随一のセーラーです。ニュージーランド国民の悲願であるカップ奪回は、間違いなく彼の双肩に掛かっています。以下が記事の本文です。

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ディーン・バーカーは、チーム・ニュージーランドがプラダ2000を5タテで破った最終戦、防衛艇 NZL-60 のヘルムをとった時、アメリカスカップの歴史に名を残した。その時彼は26歳であり、これは史上最年少のカップ優勝スキッパーであった。

それ以来、彼のアメリカスカップでのキャリアはジェットコースターのように浮き沈みの激しいものだった。2003年の大会ではチーム・ニュージーランドのスキッパーとしてカップ防衛に失敗し、その後2007年の大会ではチームを見事に建て直しルイヴィトンカップを制して挑戦者代表の座を勝ち取った。しかし決勝ではアリンギに2勝5敗し、カップ奪回はならなかった。

アリンギとラリー・エリソンのBMWオラクルの法廷闘争によってアメリカスカップが膠着している間、バーカーはTP52やRC44のサーキットで幾つかの勝利を挙げることによって、セーリングの経験を積み重ねてきた。また母国ニュージーランドにおいても、キールボート選手権に勝利すると共に、先週もマッチレース選手権において5度目となるタイトルを手にしたばかりだ。

そして彼は今チーム・ニュージーランドのリーダーとして、来年早々オークランドで開催されるルイヴィトン・パシフィック・シリーズでの勝利に向けて照準を合わせている。

何がきっかけで、ヨットレースの世界に入ることになったのですか?

僕自身全然想像もつかなかった。ジュニア向けのランクから入って、最初に国際大会に出たのは17歳の時で、オランダで開かれたユース世界選手権に出場したのが、本当に初めて海外でのセーリング経験だった。その時本当に楽しかったから、もっとレースを続けていこうと思ったんだ。

国際レースにでるためには何でもしてきたよ。そして1996年にチーム・ニュージーランドに招かれて、初めて収入を得るようになった。といっても生活していく最低限のお金だったけどネ。そうやって、すこしずづキャリアを積んできたんだよ。

あなたが13歳の頃、どんなスポーツ選手になりたいとあこがれていましたか?

ヨット以外はどれも望みなしだった。小さい頃サッカーもしたし、学校ではラグビーも少ししたけど、そういうのはどれも向かなかった。

あなたの現在の仕事について、教えてください。

セーリングチームのリーダーであり、レーシングヨットのスキッパーでもある。そしてチームを進むべき方向へ導くよう心がけている。僕はいつでもベストをつくして仕事をするようにしているし、ボートのデザインやリーダーシップ、キャンペーン・マネジメント等々といった全ての面においてよりよく理解し、マッチレースやフリートレースに生かしていきたいと考えている。

チームの運営に際しては、グラント・ダルトンやケビン・シューブリッジと密接に働いている。

あなたの仕事で、何が一番気に入っていますか?

レースに出ることが一番だね。僕にとって、レースのスリルは何事にも代え難い。

一番嫌なことは?

望むような結果を出せなかったときのフラストレーションが一番嫌いだね。結果を出そうとして、それに届かなかったときは本当につらい。2007年バレンシアでのアメリカスカップに敗退した今が、正にそのケースだね。もし僕らが勝っていれば、今もアメリカスカップのレースが盛んに行われていたかもしれない。だから失敗した時のフラストレーションが一番嫌いだ。

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インタビューは続きますが、今日はここまで。

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