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2009年5月20日 (水)

チーム・ニュージーランド アメリカスカップから撤退?! - グラント・ダルトン

※この記事は2009年5月段階の情報であり、アメリカスカップの最新情報に関しては、当ブログのトップページ、或いは左に記載されている最近の記事をご覧ください。(2010年1月追記)

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早いもので前回のアップから4日も経ってしまいました。その間5月11日にニューヨーク州最高裁判所で争われたアリンギ対BMWオラクルの法廷対決の議事録が公表され、またアリンギの所属母体、ソシエテ・ノーティーク・ドゥ・ジュネーブが審議結果を同クラブ員に報告するという形で声明を発表するなど、色々とニュースがありました。

しかし、それら面白くもない法廷沙汰絡みの話よりも、ニュージーランド・ヘラルド紙が5月17日付で報じたチーム・ニュージーランドに関するニュースの方がずっと興味深かったので、ここでご紹介しましょう。

第10回目となる世界一周ヨットレース「ボルボ・オーシャンレース」は、アメリカスカップの対極にあるオフショア・ヨットレースであり、現在レースも終盤を向かえ世界中のセーリングファンの注目を集めています。

これに関連し、エミレーツ・チーム・ニュージーランド代表のグラント・ダルトンは、もしこのまま法廷闘争が続きアメリカスカップの開催がさらに遅れるなら、チーム・ニュージーランドはアメリカスカップから撤退し、ボルボ・オーシャンレースに転進するかもしれないとコメントしています。

New Zealand Herald: Round-world race looks attractive to Team NZ

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もしアメリカスカップの法廷闘争が続くなら、エミレーツ・チーム・ニュージーランドはアメリカスカップから撤退し、代わりにボルボ・オーシャンレースへ進出することになるかもしれない。

理屈から言えば両方へ出場することだって可能だ。しかし、それには経済状況が好転し、より多くのスポンサーからのサポートを得られるようになることが条件になる。

2年以上に渡るアメリカスカップの中断は、ニュージーランドのヨットチームとって元々馴染み深い世界一周国際レース - 1977年当時ウィットブレッド世界一周レースと呼ばれていたこのレースに<ヒースのコンドル>が出場したことから始まり、1989年にはピーター・ブレイク卿とグラント・ダルトンが熾烈な優勝争いをしたことがある - への回帰という可能性を開くこととなった。

先週ニューヨーク州最高裁判所が下した裁定により、アリンギとBMWオラクルのビッグボートで争われる次回アメリカスカップは2010年2月に開催されることとなった。開催地はバレンシアが有力視されているが、アリンギは開催地を変更する権利を持っており、正式にはまだ決定していない。

さらに厄介なことは、贈与証書の解釈を巡る法廷闘争が今後も続く可能性があり、その場合多数チームが参加する従来通りのアメリカスカップの開催が、2011年までずれ込んでしまう見込みとなっている。

その2011年というのが、現在更新交渉が保留されているチーム・ニュージーランドに対する資金援助の満了時期であり、同時に次回もスペイン・アリカンテからスタートするであろうボルボ・オーシャンレースの開催年でもあるのだ。

現在次回ボルボ・オーシャンレースでオークランドが再び寄港地として選ばれる可能性がささやかれている。ボルボ・オーシャンレースが世界的に大きな注目を集めている結果、早くも2011年に開催される次回大会へ向け、世界中の都市が大金を掛けて寄港地誘致合戦を開始している。

この状況に対し、ダルトンは次のように語っている。

「我々はもう一度本当に参加すべきイベントが何なのか真剣に検討しなければならない。現在チーム・ニュージーランドはアメリカスカップを争うチームであり、ボルボ・オーシャンレースを目指しているわけではない。しかし、我々はニュージーランドの名を背負ったチームであり、その名に掛けて、このままチームが消滅するような事態だけは避けなければならない。」

ダルトンは、2010年2月に開催される次回アメリカスカップで、アリンギかBMWオラクルのどちらが勝とうが、従来通りの次々回アメリカスカップは2011年に開催されると信じている。しかしだからといって、チーム・ニュージーランドは全てが確定するまで、ただ待つというわけにはいかないのである。彼らは本当に次々回カップが2011年までに開催されるのか、或いはアリンギのエルネスト・ベルタレリとオラクルのラリー・エリソンとの法廷闘争の結果、もっと延期されることになるのか、その行方を慎重に占わなければならない。

その上で、もし本当にアメリカスカップへの参加の是非を判断する必要があるなら、彼らはどのタイミングで判断を下すかを決めなければならない。しかし、この判断には慎重を要する。

ダルトンは続ける。「現在アリンギが保有するカップへ挑戦するには、防衛者と挑戦者双方にとって公平なルールがなければならない。そもそも贈与証書はごく常識的な競技ルールを規定している。だから、我々はアリンギに対しても、贈与証書に基づく常識的なルールをつくるよう働きかけていかなければならない。」

ダルトンは、来年2月の次回アメリカスカップの後、再びアメリカスカップが法廷闘争に持ち込まれる可能性は低いとみている。従って彼はチームの将来に対する判断を今下すことも可能だと考えている。

「もしオラクルが勝った場合、従来通りの次々回大会は2011年に開催されるだろう。逆にアリンギが勝ったとしても同じことになると思う。しかし、何れのチームが次々回大会の防衛者になるとしても、他の挑戦者チームがもはや防衛者の独裁主義を受け入れるようなことはないことを、彼らは覚えておかなければならない。」

もし次々回アメリカスカップが順延される事態となった場合、ボルボ・オーシャンレースは代替イベントとして適当であり、また条件さえ許せば、アメリカスカップと並行して挑戦することも可能であるとダルトンは見ている。

しかし、もし両方に挑戦する場合、今までとは異なったチーム編成が必要となるだろう。- 二つのチーム - 即ち新しいボートに新しいクルー、そしてより多くの資金的援助も必要だ。これに対し現在のアメリカスカップチームのスキッパー、ディーン・バーカーは、彼にとって初めてとなる世界一周レースへの興味を示しているという。

もしどちらか一方を選択しなければ成らない場合、問題となるのは判断を下すタイミングだ。ボルボ・オーシャンレースへの転進が早すぎると、その後もしアメリカスカップが順調に進んだ場合、チーム・ニュージーランドは次々回大会からはじき出されてしまう。逆に判断が遅すぎると、どっちに挑戦するにしても中途半端なことしかできなくなってしまう。

「本当にどうなるか現段階で判断できないが、次々回アメリカスカップが2013年まで延期されてしまう可能性だってあるんだ。そうなったら、2011年にボルボ・オーシャンレースに出て、2013年にアメリカスカップへ挑戦するということだってありえる。例えばの話だけどね。」

この場合、ダルトンとボルボ・オーシャンレースのボス、ナット・フロスタッドとの関係が重要な鍵となる。有名なブレイク対ダルトンの対決の際、フロスタッドも同じレースに参加していたのである。

ダルトンはフロスタッドのことを”浮浪者”と呼んでいる。

「ナットは俺と同じなんだよ。町中のドアをノックして金をせびるんだ。そんな彼でもオークランドが他の都市と同じような巨額の誘致金を拠出できないことは知っている。それでも彼らはオークランドをボルボ・オーシャンレースに再び組み込みたがってるんだ。ある意味オークランドは世界一周レースの精神的故郷みたいなものだからね。だから、もしかすると上手い解決策があるかもしれない。」

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ボルボ・オーシャンレースにチーム・ニュージーランドが登場するとどうなるか、それはそれで興味ありますが、やはりチーム・ニュージーランドはアメリカスカップに不可欠な存在です。もうこれ以上アメリカスカップの進展が遅れないことを祈るばかりです。

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