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2009年7月10日 (金)

スティーブ・クラークによるアリンギ、BMWオラクル双方のマルチハルに対する技術的考察

昨日さわりの部分だけお伝えしたCクラス・カタマラン「コギト」プロジェクトの主宰者であり、カタマラン界の大御所でもあるスティーブ・クラークによるアリンギとBMWオラクル双方のモンスターマルチハルに対する技術解説の続きをお伝えします。

昨日アップした分も改めて掲載しますので、全文を通してご覧ください。

Sail World.com: America's Cup: Steve Clark on Bows, Stress and Weight

この記事を読むと、なぜアリンギがカタマランを選択したのか、しかも設計的に冒険をしたのかが、何となくわかってきます。

即ち、マルチハル艇の開発・建造でBMWオラクルから遅れをとったアリンギは、既にトリマランを準備しているとウワサされていたオラクルの情報を収集・吟味し、マルチハル開発における最重要ファクター「軽量化」でオラクルに勝負することを決め、カタマランを選択したのでしょう。

そして、開発の遅れを挽回するため、既存の大型カタマラン「ル・ブラック」をテストベッドとしデータ収集に努め、またカタマランの経験豊富なダンカン・マクレーンをアドバイザーとして招聘し「ハード・ウィングセイル」という隠し玉も準備しつつ、今回の「アリンギ5」の進水を迎えたのだと私は想像しています。

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マストの立った「アリンギ5」  Photo by Philippe Chaplin

BMWオラクルに対抗するためには、他の選択肢をとりようがなかったとも言えるかもしれませんが、カップ防衛のため決して保守的な手法に頼らず、”超”大型マルチハルのデザインとしてはかなりの冒険をすることになっても、あえて勝負に出てきたと言えます。

ここで思い出されるのが、CNNの取材に対しエルネスト・ベルタレリが語っていた「防衛者にとってアメリカスカップはいつでもサドンデス。成功を続けることができなければカップを失うしかない。だから心配しても仕方がない。」というコメントです。

私はこれまでカップを商売のネタにするようなアリンギの行動に反発してきましたが、エルネスト・ベルタレリという人物の勝負に懸ける情熱は素直に認めるべきかもしれないと思い始めています。

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過去2日間に渡り、セーリング界はこれまで見たことのないような最新のセーリングテクノロジーを垣間見てきた。

去る月曜日にBMWオラクルはアナコーテスとサンディエゴでのテストの後、大掛かりな改造を終えたトリマラン「BOR90」を再び海上へ戻した。幾つかの改造点の中で最も注目されるのは、前日スイス・ビルヌーブで公開された「アリンギ5」同様ウェーブ・ピアーシング型(波浪貫通型)バウを「BOR90」も採用した点である。

セイルワールドは、マルチハルの大御所であるスティーブ・クラークへ、このバウがどのように働くのか、また両チームのデザイナーはこのバウ形状により何を目指しているのかを尋ねることとした。

クラーク家の血筋はCクラス・カタマランの黎明期まで遡ることができる。実際スティーブの父親であるヴァン・アレン・クラークは1962年Cクラス・カタマラン「ビバリー」を駆ってイギリスの「ヘルキャット」と対決している。以来スティーブは1996年リトル・アメリカスカップで優勝した「コギト」での成功を含めたCクラス・カタマランの開発に関与してきた。次回アメリカスカップを争うアリンギとBMWオラクル双方の「スーパーマルチハル」には、Cクラス・カタマランが生み出してきた数々の先進テクノロジーが採用されている。例えば「ウィングマスト」は40年以上前にCクラス・カタマランで初めて出現したものであり、また「ハード・ウィングセイル」も今から35年前の1974年にCクラス・カタマランで初めて出現したものだ。

クラークにとってこうしたテクノロジーは見慣れたものであり、その問題点に関しても彼は熟知している。

「後傾型のバウはウェーブ・ピアーシング型(波浪貫通型)とも呼ばれるものだが、実際その名称はセールボートの場合必ずしもうまく当てはまるものではないんだ。」彼は説明した。

「ウェーブ・ピアーシングというのは、ハルが波の上を乗り越える代わりに、波を突き抜けていくという意味なんだよ。

ボートが上下動(ヒービング)することによるエネルギーの浪費を抑える考え方ともいえる。同時にピッチングも抑えることができる。その結果、水面上でのエネルギー消費を抑え、ボートをより効率良いものとすることができるんだ。

例えば INCATの高速フェリーなんかは安定していて乗客にとっても心地よい乗り心地を提供できる、本当の意味でのウェーブ・ピアーシング型バウといえる。」

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INCAT社製 高速カタマランフェリー。青函連絡船で運行していた「ナッチャンRera」「ナッチャンWorld」もこの仲間。 Photo Copyright: INCAT

「セーリングカタマランの場合、バウとスターンの一杯一杯まで水線を大きくとる傾向にある。これを船舶工学的にいうと、水線における慣性を大きくとるということになる(これはハルのトリム変動を鈍感にする効果がある)。すなわちバウが水面に突っ込み難くすることができるというわけだ。

その結果、船体の前方に浮力を確保しておく必要がなくなり、同時に乾舷を低くすることもできる。さらに水線上のフレアがさほど必要ではなくなるか、或いは全く必要なくなるため、ビームを短縮しデッキ面積を小さくすることができる。こうすることによって、船首は下から上に向かって後傾するという戦艦ドレッドノートのような形状となる。」

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"ド級戦艦""超ド級戦艦"の語源ともなったイギリスの戦艦「ドレッドノート」(Wikipediaより)

「これには前方のスキンエリアを縮小できるという利点がある。こうした努力により水面下となる表面積(浸水表面積)は大きくなり得ないから、バウを絶えず水面へ押し付けるようにさえしておけば、カタマランは簡単に失速したりしないんだよ。これば同時にボートがバウから仰向けにひっくり返る危険性を減らすことにもつながる。

かいつまんで言うと、いわゆる"ドレッドノート型"バウはピッチングを減らし、また船体表面積を減らすことにより抵抗を少なくすることができるということになる。

「アリンギ5」について強いて指摘するとすれば、両方のバウを支えるサポートがないということだろう。アリンギのデザインチームは第3のビームを前方にも配置するという保守的なアプローチを採ることより、(中央と後方の)2本のビームでプラットフォーム(ハルと中央軸)をつなぐという道を選択をした。」

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アリンギのモンスターカタマラン「アリンギ5」  Photo by Philippe Chaplin

「こういった大型マルチハルで大きな構造的問題となるのはプラットフォームのねじれ強度なんだ。いわゆる片方のバウが浮き上がり、もう一方のバウが沈み込むってやつだ。「BOR90」の写真を見ると、風下側と風上側両方のアマが少しばかりねじれているように見える。

Cクラス・カタマランの場合、4本ステーのシュラウドシステムを採用することによって、このねじれの問題を解決した。これは基本的に荷重を支える芯柱としてマストを使用し、プラットフォームを支える荷重からビームを解放するという考え方だ。しかし、この4本ステーのシュラウドシステムを使うと、ジブや非対称のジェネーカを使用することができなくなる。従って、通常は第3のビームを追加し、バウとスターンをしっかりと固定するのがこの問題に対する一般解となる。

「アリンギ5」に限らず、アリンギのカタマランは第3ビーム、すなわちフォアビームを持たない。ジョー・リチャードが設計した「ル・ブラック」(「アリンギ5」の設計ベースになったといわれる41フィートカタマラン)は、ねじり強度を確保するため「ドルフィン・ストライカー」と呼ばれるバウスプリットと、それを支えるワイヤーが張られている。

このシステムは、基本的にCクラスにおいてトランポリン上の4本ステーシュラウドが担っていたのと同じ張力構造を、トランポリンの下で構築しようという考え方だ。しかし。アメリカスカップ用の大型マルチハルとなると、それだけではすまない。なぜならあの巨大なバウスプリットを支えることは簡単ではないからだ。だから"蜘蛛の巣"の中心構造が非常に重要な存在となってくる。

そのコンセプトそのものは「ル・ブラック」で充分検証されているから、要はそれを如何にしてジャンボサイズまでスケールアップするかだ。」

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「アリンギ5」のトランポリン下に張り巡らされたワイヤー  Photo by Philippe Chaplin

クラークは長年アメリカスカップは究極のセーリングボートで争われるべきだと提唱し続けてきた。そしてついに彼の夢は現実のものとなりつつある。彼は続けた。

「アリンギは獰猛な野獣みたいなもんだね。我々は双方のボートが激しく争うところをしっかりと見なければならない。

もちろん写真を見ているだけで最も重要なことは判らない。問題はボートの重量なんだ。

どっちのボートが有利かということを議論する前に、同じことをBMWレーシングの「BOR90」に対しても考えてみる必要がある。」

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BMWオラクルのモンスタートリマラン「BOR90」 Photo Copyright BMW ORACLE Racing

「単純なことかもしれないが、Cクラス・カタマランの場合、重いボートが勝つということは殆どありえない。逆にもし重いボートが勝つことがあるすれば、それは往々にして軽い方のボートが壊れるケースだともいえる。重量計は結果を占う最良の預言者でもあるんだよ。

言うまでもなく、カタマランの場合、セーリング中に掛かる荷重を和らげるには軽量化が一番効く。軽いボートは復原性を押し下げ、低い復元性はボートに掛かる荷重を軽減する。そして荷重が軽減されることにより構造をさらに軽量化することができる・・・という好循環を生む。」

このようにクラークはマルチハルにおいて軽量化が如何に重要かという命題を説明した。

軽量化の追及という命題を考えると、ウォーターバラストを搭載することは、これに逆行した考え方にも映る。しかし「アリンギ5」のベースとなった「ル・ブラック」にはウォーターバラストが搭載されていた。クラークはこの点を充分に説明できないと語った。

「カタマランにウォーターバラストを搭載することのメリットをどうしても理解できないんだ。だって恐ろしく荷重を増やすことになるだろ。どうしてそんなことをしなければならないんだ?ヒールを起こしたいんだったら、クルーの数を増やせばいいだけのことじゃないか。

クルーはウォーターバラストみたいに一旦移動したらそこに座ってるだけでなく、もっと色んなことができる。ルール上クルーの人数を固定する必要がないんだったら、その日の状況に合わせて"人足"の数を増やしたらいい。

さらに言えば、この手のボートのスピードから考えると40マイルのレースというのはそれほど長時間のレースとはならない。2~2時間半のレースとなるとその間に天候が急変する可能性は大幅に低くなる。

もしこの先3時間の風を予想できるのであれば、それ合わせて最高のパフォーマンスを発揮するために最適な人数のクルーをボートに乗せることができるはずだ。これは風が安定していて予測しやすい場所を開催地として選ぶべきだということにもつながる。」

クラークが主宰した「コギト」プロジェクトのスキッパーであり主任デザイナーでもあるダンカン・マクレーンが今回コンサルタントとしてアリンギに参加しているにも関わらず、クラークにとってアメリカスカップ防衛者のマルチハル艇「アリンギ5」の開発プロセスは外から想像することしかできない。

「アリンギは去年「ル・ブラック」にひずみゲージを山ほど貼り付けて、散々テストを繰り返したに違いないと思っているんだ。そうしてアリンギのダーク・クラマースはストラットやワイヤーといった様々なコンポーネントにどれだけ荷重が掛かるのかということに関する理解を深めたんだと思う。

それに彼らはもっと良い手はないかと様々なプラットフォーム構造を検討したんだと思う。クラマースのそういった努力は賞賛に値するものだと思っているし、あの構造で充分な強度が確保されているとなると、私はビルの10階からケツをさらして謝らなきゃならない。だから、あのプラットフォームはチーム・フィリップスや他の連中のような失敗はしないだろうと信じている。

見たところ、アリンギとオラクル両者のプラットフォームは大体同じようなサイズに思える。だから両者とも充分な強度が確保されているとしたら、後はどっちのボートがどれだけ軽量に仕上がっているかが勝敗を分けるだろう。」

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チーム・フィリップス: 世界一周スピード記録樹立のため建造されたカタマランで、テスト帆走中に片ハルの前半部分が破断・欠落する事故を起こした。改修後記録に挑戦したが、風速70ノット波高10メートルという暴風雨の中で遭難、クルーはボートを放棄し救助を受けるという結果となった。(Photo Copyright: Solarnavigator)

by Richard Gladwell   6:35 AM Wed 8 Jul 2009

※この記事は2009年7月10日段階の情報であり、アメリカスカップの最新情報に関しては、当ブログのトップページ、或いは左に記載されている最近の記事をご覧ください。(2010年1月追記)

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