カテゴリー「34th America's cup」の記事

2015年3月 4日 (水)

新生ニッポン挑戦作戦 発動!

前回の更新から少し間が空いてしまいました。その間、次回アメリカズカップの開催地発表、ニュージーランドのスキッパー、ディーン・バーカーのチーム離脱と、色々なニュースがありました。

しかし、我々日本人にとっての最大の関心事は、ウワサされる”第6の挑戦者”がどうなっているのか…では?

その真相が3月5日発売の Kazi 誌4月号に掲載されています。

http://www.kazi.co.jp/marine/kazi/2015/kz201504.html

詳細は西村一広さんによる記事をご覧頂くとして、とにかく

  • 日本がアメリカズカップに再挑戦することは、まったくの夢物語ではない!

のです。

そこで、まず第1ステップとして「ニッポンのユースアメリカズカップ参戦を真剣に考える」の活動を開始します。

前回サンフランシスコでのアメリカズカップは、フォイリングというセーリングの新しい可能性を示した画期的なイベントでした。以来、世界は新しい方向へ向けて着実に動きつつあります。我々だけが、とり残されるわけにはいきません。

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

そのために、まずこの↓フィールドへ日本チームを送りましょう!

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

世界が待ってるぜ!

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

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JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

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2014年11月28日 (金)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか?(2)

先日お伝えしたオラクルチームUSAのオーナー、ラリー・エリソン氏とアメリカズカップの関わりについてストーリーの続きです。

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© ACEA/Photo Gilles Martin-Raget
Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

爆弾低気圧の直撃を辛くも乗り切り、1998年のシドニー・ホバートレースを制したラリー・エリソンですが、当初はアメリカズカップに興味がなかったと言われています。

その彼がアメリカズカップに挑戦することになったきっかけについて、斉藤愛子さんが詳しくレポートされています。

斉藤愛子のSailing News: アメリカスカップ2003年情報 #1 ==あれから半年==

1995年サンディエゴで開催された第29回アメリカズカップにおいて、ラッセル・クーツ率いるチーム・ニュージーランドはデニス・コナーを破り、初めてカップをニュージーランドへもたらします。国民的英雄となったクーツは、2000年の第30回大会でも圧倒的強さを見せカップを防衛しますが、その直後チームの主要メンバーと共にスイスの大富豪エルネスト・ベルタレリ率いるアリンギへ電撃移籍してしまいます。

この衝撃的ニュースを<さよなら>のクルーから聞いたエリソンは、「それなら俺も」と自らのシンジゲートを立ち上げたのでした。BMWとジョイントし、BMWオラクルレーシングを設立したエリソンでしたが、2003年の第31回大会、2007年の第32回大会とも挑戦者決定戦(ルイヴィトンカップ)で敗退します。

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© Kazenotayori

一方、アリンギに移籍したクーツは2003年の第31回大会でも圧倒的強さを見せ、母国ニュージーランドからカップを奪い去ります。しかし、その後運営方針を巡りオーナーのベルタレリと対立、結局アリンギを去ります。そして、第32回大会終了と同時にオラクルへ移籍、エリソン&クーツの最強タッグが誕生したのでした。

その後のルールを巡るアリンギとの法廷闘争、そしてモンスターヨット同士の対決となった第33回大会については、2007年から続く当ブログで詳しく記したとおりです。

かぜのたより アメリカズカップ編: 33rd America's Cup (カテゴリー)

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© Jose Jordán/America's Cup Management

まぁ、今振り返ってみると全く先の見えない法廷での争いと、その結果生まれたルール無用の(厳密には19世紀の文書に則った)モンスターボート同士の対決と、かなりエキサイティングな第33回大会ではありました。それまでの"ヨット"というものの概念を完全に覆す怪鳥<USA17>をクーツと共に作り上げたエリソンは、アリンギとの一騎打ちを制し、遂にカップを手に入れるのでした。

エリソンにとっても、この第33回大会と<USA17>は特別な存在であるようで、現在もオラクル本社前に飾られ、また「オラクル・オープンワールド」のコンベンション会場へ引っ張り出されるなどしています。

さて、こうしてアメリカズカップに勝利したエリソンですが、この第33回大会だけで2億ドル(240億円)、さらに昨年の第34回大会には1億5千ドル(180億円)を投じたといわれており、その大半はオラクルからではなく、彼の自己資金から捻出されたともいわれています。

アメリカズカップの憲法である「贈与証書」の規定によると、現在のカップの所有者はエリソン個人でも、「オラクル・チームUSA」でもなく、彼らが所属するゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC)ということになります。

GGYCには5名の委員からなる「アメリカズカップ委員会」が組織されており、エリソンとクーツもメンバーとして名を連ねています。よって、実質的には彼ら2人がアメリカズカップの行く末を決められる立場にあるといってよいでしょう。

そして、昨年開催された第34回大会において、彼らが伝統的なソフトセイルとモノハル艇を捨て、ウィングセイルとフォイリングカタマランによるダイナミックなスポーツへとアメリカズカップを変貌させたことはご存知のとおりです。

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

エリソンは一体どこをめざしているのか?

この疑問に対し、昨年サンフランシスコの自宅 (桂離宮を模したあの和風大豪邸) でCBSのニュースキャスター、チャーリー・ローズのインタビューを受けたエリソンは、以下のように答えています。

CBS News: Oracle CEO Ellison on America's Cup racing: "It has to be a little bit risky"

「我々はいかにして若者に受け入れられるスポーツになれるかを、他のスポーツと競い合っているところなんだ。セーリングをもっとエキサイティングで現代に合ったスポーツにしなければならない。いつまでも1851年のままというわけにはいかないからね」

----  新しいボートに対して『あれはもうアメリカズカップではない』『やりすぎだ』という批判がありますが?

「オリンピックにプロが出場することにだって批判はある。人は変化が嫌いなんだ。スケボーをオリンピック種目へ加えることにも多くの批判がある」

---- でもそれは別の話ですよね。これは単なる変更というレベルの話ではなくて、それまでの考え方を根本から変えてしまうような大変革です。

「例えばスノボを入れたことも、オリンピックにとって大変革だったといえるだろう。我々はスポーツを時代に合わせていかなければならないんだ」

---- でも、それはカネがかかると同時に危険でもあります。バート・シンプソンの事故はあなたにとって心の痛手となりませんでしたか?

「我々はアメリカズカップをエクストリームでエキサイティングなスポーツにすると決めた。だが、決してセーラーが怪我をするほど本当に危ないスポーツにするつもりはなかった。セーリングの世界は小さい。彼の死は家族が死んだのと同じで、決して忘れられるものではない」

---- この事故が起きたとき『やりすぎた』とは思いませんでしたか?

「それは私も考えた。だが、今は正しい選択をしたと思っている。セーリングを (一部金持ちのスポーツから) 広く経済的にも受け入れられるものにするには、もっと速くて先進的なボートが必要なんだ。テレビで観ても面白くて、若者の間でもっと人気が出るようなスポーツにならなければならない。そのためには、見ている人が少しハラハラするくらいの方がいいんだ」

--- あなたはもうアメリカズカップに勝利したではないですか。なぜラリー・エリソンほどの人物が『よっしゃ勝ったぞ!また最速のボートと最高のセーラーを揃えて何度でも勝ってやるぞ!』というような行動をとるのですか?

「おかしなことなんだが、2回続けて負けた後、私の性格的に負けているうちはやめられないことに気づいた。そして今度は勝った後、性格的に勝ってるうちはやめられないことに気づいたんだ。まるでワナにハマったようなもんだよ。私はタバコを吸わない代わりに、ヨットにハマってるんだ」

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エリソンとクーツがアメリカズカップのスタイルを全く変えてしまったことに、批判があるのは事実です。しかし、このインタビューからはセーリングの将来を憂い、変えていかなければならないという彼の強い信念が感じられます。

確かに昨年サンフランシスコでAC72によるバトルを観たとき、ブログ主とんべえも「こりゃスゲェ!」という衝撃を受けると同時に、ヨットレースが全く新しい次元に入ったことを実感しました。

セーリング人口がどんどん高齢化しているなか、次世代にこのスポーツの面白さを如何にして伝えるか、この命題に対するひとつの回答であることは間違いありません。

今年の9月ラリー・エリソンは長年勤めてきたオラクルのCEOを辞め、CTOに退きました。これによって空いた時間で、彼はこれまで以上にアメリカズカップに深く関わるであろうともウワサされています。これから彼とクーツがアメリカズカップの未来、そしてセーリングの未来に対しどのようなビジョンを示して行くか、今後も注視していきたいと思います。

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2014年11月16日 (日)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか? (1)

2017年に開催される第35回アメリカズカップの行方を占う上で重要なカギを握っているのは、言うまでもなくオラクルチームUSAのオーナーであるラリー・エリソン氏です。

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© ACEA / PHOTO ABNER KINGMAN

IT企業オラクルの創立者であり、世界有数の億万長者であるラリー・エリソン。その彼が何故アメリカズカップにこだわるのか、興味深い記事が掲載されていたのでご紹介しましょう。

Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

Royal Gazette: Ellison's key role in America's Cup decision

2014年版のフォーブス世界長者番付において、総資産494億ドル(5兆7000億円)で第5位にランキングされるラリー・エリソンがセーリングに出会ったのは、1966年カリフォルニア大学でセーリングクラスを受講した22歳のときでした。

すっかりセーリングの虜となったエリソンは、25歳のとき34フィートのレーシングスループ艇を購入します。

彼はセーリングの魅力についてこう語っています。

「誰にも邪魔されず、ただ風のまま旅をする。そんなセーリングの魅力にとりつかれてしまったんだよ」

その後、1977年にオラクルの前身であるSDL(Software Development Laboratories)を設立するなど超多忙となり、最初のヨットは程なく手放してしまいますが、彼のセーリングにかける情熱が失われることはありませんでした。

90年代に入り、エリソンは78フィートのヨット<さよなら>を購入し、高いレベルでのレース活動を開始します。ビジネス同様ここでも彼は素晴らしいリーダーシップとセーリングスキルをみせ、マキシクラスの世界チャンピオンに5度輝きます。

しかし、同時に厳しくつらい事態にも遭遇します。1998年オーストラリアで開催されたシドニー・ホバートレースに、エリソンは自ら<さよなら>のスキッパーとして参加します。

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© Youtube / CYCATV

シドニーをスタートし、タスマニアのホバートまでの630ノーティカルマイル(約1200km)を帆走するこのレースは、元々荒れることで有名でしたが、特に1998年のレースは爆弾低気圧の直撃を受け、最大風速は70ノットにも達し、参加114艇中5艇が船体放棄、66艇がリタイア。わずか44艇が完走する一方で55名がヘリで救助され、死者行方不明6名を出すという最悪のレースとなりました。

このレースでエリソンの<さよなら>は優勝を飾りますが、彼はレースに勝ったのではなく、ただ単に最初の生存者になったに過ぎないと、のちに語っています。

Courier Mail: Larry Ellison says 'never again' to Hobart race

「いつもあれは私の人生を変えた経験だったと思うんだ」

「素晴らしい天候の下、シドニーのハーバーを出発したあと、空は徐々に暗くなると共に風は激しくなっていった。そして12時間後には、当時の大会記録保持者が24時間で到達した地点を、我々は遥かに超えていた」

「つまり、大会記録の倍を超えるスピードで進んでいたんだ。こりゃスゴイぞ。でも一体どうなってるんだ?と思ったのを覚えているよ」

「<さよなら>は21ノット以上のスピードが出ていた。でも私は『そんなはずはない』と言い続けてたんだ。そのときはまだ普通の嵐で、その先に何が待っているか、我々には全くわかっていなかった」

70ノットの風と波にもみくちゃにされた後、風は俄かにおさまります。そのとき彼は「助かった!」と思いますが、じきにそれは間違いであると思い知らされるのです。

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© Youtube / CYCATV

そうです。彼らは爆弾低気圧の"目"に入ったのでした。

「<さよなら>には2台のノートPCを搭載していたんだが、その画面上に映し出される低気圧の中心のほんの右側に小さな"+"マークが表示されていた。実はそれが我々だったんだ。」

「我々は『助かった!』と思っていたが、実はまだ半分に過ぎなかったんだ」

そのときの海の状況は非常に恐ろしいものであったとエリソンは語っています。

「とにかく全てが普通じゃなかった。風の音はそれまで聞いたことがないほど、ものすごくカン高いものだった。空も異常なら波も異常。何もかもが異常だった」

この九死に一生をえるような経験にも関わらず、彼はセーリングへの情熱を保ち続けます。

<<つづく>>

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2014年11月 5日 (水)

スピットヒルがセーラー・オブ・ザ・イヤーに

オラクル・チームUSAのスキッパー、ジェームス・スピットヒルが 国際セーリング連盟(ISAF)の選ぶセーラー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。

ISAF: 2014 ISAF Rolex World Sailors Of The Year Announced

今回の受賞は、昨年奇跡の大逆転を果たした前回アメリカズカップの勝利に対してのものです。

スピットヒルのコメント: 「こんな素晴らしいみなさんと一緒に候補者に選ばれるだけでも恐縮なのに、僕が受賞するなんてちょっと申し訳ない気がします。この賞は個人に送られるもののようだけど、僕の場合正確には当てはまらないと思います。サンフランシスコ湾で起きたのは、信じられようなチームの努力の結果であり、僕はその一員であったに過ぎないんです。だから、僕は素晴らしいチームであるオラクル・チームUSAを代表して、この賞をいただくことにします」

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Photo Copyright: ISAF

正直「あれ?今頃?」という気もしますが、昨年は大会直後だったということもあり、選考対象から外れてしまったんでしょうね。

最近のベン・エインズリの精力的な活動を見ていても、やはりセーリングの世界では、アメリカズカップはオリンピックの先にあるもの、オリンピックメダリストたちがその先の究極の目標として目指すものなんだなぁ…とあらためて思います。

ともかく、おめでとう、ジミー!

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2013年9月25日 (水)

第34回アメリカズカップはオラクル・チームUSAの勝利!

いやぁ終わってしまいました。最後はオラクルの圧勝でした。あと1敗もできない瀬戸際1対8からの8連勝。こんなの見たことないです。

早々に王手をかけながら、あと1勝ができなかったニュージーランドにとっては、勝利目前でノーレースになった第13レースが悔やんでも悔やみきれない結果となってしまいました。風の神様はいつも気まぐれです。

とにかく160年に渡るカップ史上でも稀に見る接戦となった第34回大会は終わりました。この先アメリカズカップはどうなるのか?我々になにができるのか?新しいスタートの始まりです。

おめでとう、オラクル・チーム USA!

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2013年9月24日 (火)

勝利の女神はどっちに微笑むか?

ルイヴィトンカップを通じて ETNZ が完璧かつ圧倒的な強さをみせたとき、そして、そのままの勢いで OTUSA を圧倒つつあったとき、誰がこの展開を想像できたでしょうか?

ETNZ が王手をかけた後、OTUSA は脅威の7連勝で巻き返し、勝負はついに第19レースに持ち込まれることとなりました。

泣いても笑っても、明日が最後。間違いなくアメリカズカップの歴史に残る両者の闘い、勝利の女神はどちらに微笑むか?

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2013年9月14日 (土)

サンフランシスコへやってきました。

このところ本業が忙しく、中々記事の更新ができないうちにルイヴィトンカップも終了し、アメリカズカップもエミレーツ・チーム・ニュージーランドがマジック3に迫るところまで来てしまいました。

そんな中、ブログ主とんべえはようやくサンフランシスコへやって来ました。

早朝便で到着し、渋滞に巻き込まれながらも、何とかニュージーランドとオラクルの出艇に間に合いました。

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はじめて見るAC72は、前回BMWオラクルがカップ奪取のため建造した90フィートトリマラン"USA"よりふた回りほど小さい印象を受けます。そのAC72が、いまやあのモンスターより速いスピードで走っているので、技術の進歩には驚くばかりです。

両チームの出艇を見守った後、とんべえも海に出ました。

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最近中々チャンスがなく、海に出るのは久し振りですが、やはりレース海面に来るとワクワクしますね。ちなみにこれはゴールゲートです。

当初は曇っていましたが、次第にカリフォルニアらしい青空が広がり、風も上がってきました。

今回は下ゲート付近で待機していたため、スタート前のマニューバリングで何が起きているのか、イマイチよくわかりません。

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しかし、ひとたびレースがスタートすると、あっという間に近づいてきます。

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そして、 豪快に滑空しながらマークを回航していきます。

その迫力とスピードは、もはや"マシーン"と呼ぶにふさわしい。

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そして、今日のハイライトはなんと言ってもこれでしょう。

このときニュージーランドが転覆しかける姿は、下ゲートからもはっきりと見え、ボート中から大きな声が上がると同時に、アルテミスの悪夢が頭を過ぎりました。

しかしキウィたちは、あの体勢から何とか持ちこたえ、レースに復帰します。

結果、オラクルが先にゴールイン。ただしスタート前のペナルティが響きノーポイント。ニュージーランドにポイントがつくことだけは阻止した形となりました。

そのまま徐々に風が上がり、今日の2レース目は途中でキャンセル。しかし、初めて目にするAC72のド迫力に、すっかり参った初日でした。

以上、取り急ぎ今日は簡単な見学日記でご勘弁を。

おまけ:オラクルマークのお洒落なベネトーのボートが走っているので、

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よく見てみたら、エリソンさんじゃあ~りませんか。

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以上、おしまい!

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2013年8月 6日 (火)

ついにアルテミス登場!結果は?

ついにアルテミスのAC72が登場、ルナロッサとの対戦に臨みました。

セミファイナル 第1レース: ルナロッサ(P) ○ - ● アルテミス(S)

7月に始まったアメリカズカップへの挑戦者決定シリーズ「ルイヴィトンカップ」も今日からセミファイナル。

ここまで全勝のエミレーツ・チームニュージーランドが決勝へ自動的に進むことになったため、残るルナロッサ・チャレンジ(イタリア)とアルテミス・レーシング(スウェーデン)の2チームが、7戦中4戦先勝形式で争います。

5月に不幸な転覆事故を起こしたアルテミスは、大破したAC72の1号艇に代わる2号艇の準備に時間を要したため、これが初めてのレースになりました。

結果はルナロッサの勝利。特にダウンウィンドのボートスピード、そしてジャイブの安定性で両艇の差が顕著でした。

• Course length: 15.83 nautical miles
• Elapsed time: LR – 43:20; ART – 45:20
• Total distance sailed: LR – 18.78 NM; ART – 18.69 NM
• Average speed: LR – 26.04 knots (29.9 mph); ART – 24.75 knots (28.4 mph)
• Top speed: LR – 39.19 knots (45 mph); ART – 40.56 knots (46.6 mph)
• Wind speed: average 16.1 knots; peak gust 20.4 knots

アルテミスにとっては、5月の事故からほぼ2ヶ月のブランクが響いた形になります。アンドリュー・シンプソンを失う悲劇から不眠不休で体制の再構築に取り組んできた彼らです。短期間での挽回は困難かもしれませんが、なんとか頑張って欲しいものです。

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2013年7月30日 (火)

ところでアリンギは?

閑話休題、かつて王者の名を欲しいままにしたアリンギの近況が入って来ました。

40フィートレーシングカタマラン「エクストリーム40」を使用したサーキット「エクストリーム・セーリング・シリーズ」の第5戦ポルト大会で、惜しくも優勝は逃したものの、アリンギは最終日までその存在感を示したようです。

ちなみに、ポルトでは普段自らヘルムをとるオーナー、エルネスト・ベルタレリではなく、かつてマキシでブイブイいわせていたモーガン・ラーソン(アメリカ)が舵を握っていました。

かつてのエド・ベアードもそうでしたけど、”USA”を背負うオラクルに殆どアメリカ人がいない一方で、ライバルアリンギのヘルムをアメリカ人が握っているというのは、なんとも皮肉ですね。

元々アリンギはマルチハルがお家芸なんだから、変な意地張ってないでアメリカズカップに参戦すれば良いのに・・・って、前回の経緯を考えるとムリ??

以上、本日の小ネタでした。

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2013年7月28日 (日)

がんばれ、ルナロッサ!

うーん、今日も結果は同じでしたが、ルナロッサは少しずつ良くなっていると思います。

ラウンドロビン5 第1レース: ルナロッサ(S) ● - ○ エミレーツ・チームニュージーランド(P)

今日は15ノットでスタートし、徐々に20ノットへ風が上がるコンディション。風向はいつもどおりゴールデンゲートブリッジ方向から吹き込む南西風。

まずチームニュージーランドがポートエントリー、30ノットオーバーのスピードでルナロッサの前を切りラインから離れます。ルナロッサもジャイブでニュージーを追い、ジャイブ&タックを挟みながら、上手くニュージーを自艇の上に追いやります。そして、ほぼイーブンスタート!…とここまでは良かったんですけど。

スタート直後の加速とピッチングを見ると、やはりキウィの方が一枚上手でした。

しかし、今日何よりも高く買いたいのは、ルナロッサのヘルムス、クリス・ドレイパーが見せた積極性です。スタートでキウィを追い出し、ときとして反対のコースを取るなど、可能性を探る姿勢が見えました(まぁ、あれだけ差があると勝負掛けざるを得ないんでしょうけど)。

なす術なく7分もの大差が開いた前回に比べると、今日のタイム差は3分。まだまだニュージーランドのスターンは遠いですが、この差を少しでも詰められるよう、次回も頑張ってほしいものです。

一方のチーム・ニュージーランドは、前日の単独レース(依然アルテミス欠場中のため)で、普段トリマーとして入っているオーストラリア人グレン・アシュビー(北京オリンピック・トーネード級銀メダル)にヘルムを任せる余裕を見せていましたが、今日はエース、ディーン・バーカーが復帰、磐石なレース運びを見せました。

ホント強いっす。

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