カテゴリー「アメリカスカップ 法廷闘争」の記事

2014年11月28日 (金)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか?(2)

先日お伝えしたオラクルチームUSAのオーナー、ラリー・エリソン氏とアメリカズカップの関わりについてストーリーの続きです。

Gmr_ac34sepd24_7849_2
© ACEA/Photo Gilles Martin-Raget
Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

爆弾低気圧の直撃を辛くも乗り切り、1998年のシドニー・ホバートレースを制したラリー・エリソンですが、当初はアメリカズカップに興味がなかったと言われています。

その彼がアメリカズカップに挑戦することになったきっかけについて、斉藤愛子さんが詳しくレポートされています。

斉藤愛子のSailing News: アメリカスカップ2003年情報 #1 ==あれから半年==

1995年サンディエゴで開催された第29回アメリカズカップにおいて、ラッセル・クーツ率いるチーム・ニュージーランドはデニス・コナーを破り、初めてカップをニュージーランドへもたらします。国民的英雄となったクーツは、2000年の第30回大会でも圧倒的強さを見せカップを防衛しますが、その直後チームの主要メンバーと共にスイスの大富豪エルネスト・ベルタレリ率いるアリンギへ電撃移籍してしまいます。

この衝撃的ニュースを<さよなら>のクルーから聞いたエリソンは、「それなら俺も」と自らのシンジゲートを立ち上げたのでした。BMWとジョイントし、BMWオラクルレーシングを設立したエリソンでしたが、2003年の第31回大会、2007年の第32回大会とも挑戦者決定戦(ルイヴィトンカップ)で敗退します。

Img_2167b
© Kazenotayori

一方、アリンギに移籍したクーツは2003年の第31回大会でも圧倒的強さを見せ、母国ニュージーランドからカップを奪い去ります。しかし、その後運営方針を巡りオーナーのベルタレリと対立、結局アリンギを去ります。そして、第32回大会終了と同時にオラクルへ移籍、エリソン&クーツの最強タッグが誕生したのでした。

その後のルールを巡るアリンギとの法廷闘争、そしてモンスターヨット同士の対決となった第33回大会については、2007年から続く当ブログで詳しく記したとおりです。

かぜのたより アメリカズカップ編: 33rd America's Cup (カテゴリー)

000_dv643431
© Jose Jordán/America's Cup Management

まぁ、今振り返ってみると全く先の見えない法廷での争いと、その結果生まれたルール無用の(厳密には19世紀の文書に則った)モンスターボート同士の対決と、かなりエキサイティングな第33回大会ではありました。それまでの"ヨット"というものの概念を完全に覆す怪鳥<USA17>をクーツと共に作り上げたエリソンは、アリンギとの一騎打ちを制し、遂にカップを手に入れるのでした。

エリソンにとっても、この第33回大会と<USA17>は特別な存在であるようで、現在もオラクル本社前に飾られ、また「オラクル・オープンワールド」のコンベンション会場へ引っ張り出されるなどしています。

さて、こうしてアメリカズカップに勝利したエリソンですが、この第33回大会だけで2億ドル(240億円)、さらに昨年の第34回大会には1億5千ドル(180億円)を投じたといわれており、その大半はオラクルからではなく、彼の自己資金から捻出されたともいわれています。

アメリカズカップの憲法である「贈与証書」の規定によると、現在のカップの所有者はエリソン個人でも、「オラクル・チームUSA」でもなく、彼らが所属するゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC)ということになります。

GGYCには5名の委員からなる「アメリカズカップ委員会」が組織されており、エリソンとクーツもメンバーとして名を連ねています。よって、実質的には彼ら2人がアメリカズカップの行く末を決められる立場にあるといってよいでしょう。

そして、昨年開催された第34回大会において、彼らが伝統的なソフトセイルとモノハル艇を捨て、ウィングセイルとフォイリングカタマランによるダイナミックなスポーツへとアメリカズカップを変貌させたことはご存知のとおりです。

Gmr_ac34sepd21_4907
©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

エリソンは一体どこをめざしているのか?

この疑問に対し、昨年サンフランシスコの自宅 (桂離宮を模したあの和風大豪邸) でCBSのニュースキャスター、チャーリー・ローズのインタビューを受けたエリソンは、以下のように答えています。

CBS News: Oracle CEO Ellison on America's Cup racing: "It has to be a little bit risky"

「我々はいかにして若者に受け入れられるスポーツになれるかを、他のスポーツと競い合っているところなんだ。セーリングをもっとエキサイティングで現代に合ったスポーツにしなければならない。いつまでも1851年のままというわけにはいかないからね」

----  新しいボートに対して『あれはもうアメリカズカップではない』『やりすぎだ』という批判がありますが?

「オリンピックにプロが出場することにだって批判はある。人は変化が嫌いなんだ。スケボーをオリンピック種目へ加えることにも多くの批判がある」

---- でもそれは別の話ですよね。これは単なる変更というレベルの話ではなくて、それまでの考え方を根本から変えてしまうような大変革です。

「例えばスノボを入れたことも、オリンピックにとって大変革だったといえるだろう。我々はスポーツを時代に合わせていかなければならないんだ」

---- でも、それはカネがかかると同時に危険でもあります。バート・シンプソンの事故はあなたにとって心の痛手となりませんでしたか?

「我々はアメリカズカップをエクストリームでエキサイティングなスポーツにすると決めた。だが、決してセーラーが怪我をするほど本当に危ないスポーツにするつもりはなかった。セーリングの世界は小さい。彼の死は家族が死んだのと同じで、決して忘れられるものではない」

---- この事故が起きたとき『やりすぎた』とは思いませんでしたか?

「それは私も考えた。だが、今は正しい選択をしたと思っている。セーリングを (一部金持ちのスポーツから) 広く経済的にも受け入れられるものにするには、もっと速くて先進的なボートが必要なんだ。テレビで観ても面白くて、若者の間でもっと人気が出るようなスポーツにならなければならない。そのためには、見ている人が少しハラハラするくらいの方がいいんだ」

--- あなたはもうアメリカズカップに勝利したではないですか。なぜラリー・エリソンほどの人物が『よっしゃ勝ったぞ!また最速のボートと最高のセーラーを揃えて何度でも勝ってやるぞ!』というような行動をとるのですか?

「おかしなことなんだが、2回続けて負けた後、私の性格的に負けているうちはやめられないことに気づいた。そして今度は勝った後、性格的に勝ってるうちはやめられないことに気づいたんだ。まるでワナにハマったようなもんだよ。私はタバコを吸わない代わりに、ヨットにハマってるんだ」

---------------

エリソンとクーツがアメリカズカップのスタイルを全く変えてしまったことに、批判があるのは事実です。しかし、このインタビューからはセーリングの将来を憂い、変えていかなければならないという彼の強い信念が感じられます。

確かに昨年サンフランシスコでAC72によるバトルを観たとき、ブログ主とんべえも「こりゃスゲェ!」という衝撃を受けると同時に、ヨットレースが全く新しい次元に入ったことを実感しました。

セーリング人口がどんどん高齢化しているなか、次世代にこのスポーツの面白さを如何にして伝えるか、この命題に対するひとつの回答であることは間違いありません。

今年の9月ラリー・エリソンは長年勤めてきたオラクルのCEOを辞め、CTOに退きました。これによって空いた時間で、彼はこれまで以上にアメリカズカップに深く関わるであろうともウワサされています。これから彼とクーツがアメリカズカップの未来、そしてセーリングの未来に対しどのようなビジョンを示して行くか、今後も注視していきたいと思います。

--------------------------------------------

JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月16日 (日)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか? (1)

2017年に開催される第35回アメリカズカップの行方を占う上で重要なカギを握っているのは、言うまでもなくオラクルチームUSAのオーナーであるラリー・エリソン氏です。

Ak_ac34sepd24_6059_2
© ACEA / PHOTO ABNER KINGMAN

IT企業オラクルの創立者であり、世界有数の億万長者であるラリー・エリソン。その彼が何故アメリカズカップにこだわるのか、興味深い記事が掲載されていたのでご紹介しましょう。

Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

Royal Gazette: Ellison's key role in America's Cup decision

2014年版のフォーブス世界長者番付において、総資産494億ドル(5兆7000億円)で第5位にランキングされるラリー・エリソンがセーリングに出会ったのは、1966年カリフォルニア大学でセーリングクラスを受講した22歳のときでした。

すっかりセーリングの虜となったエリソンは、25歳のとき34フィートのレーシングスループ艇を購入します。

彼はセーリングの魅力についてこう語っています。

「誰にも邪魔されず、ただ風のまま旅をする。そんなセーリングの魅力にとりつかれてしまったんだよ」

その後、1977年にオラクルの前身であるSDL(Software Development Laboratories)を設立するなど超多忙となり、最初のヨットは程なく手放してしまいますが、彼のセーリングにかける情熱が失われることはありませんでした。

90年代に入り、エリソンは78フィートのヨット<さよなら>を購入し、高いレベルでのレース活動を開始します。ビジネス同様ここでも彼は素晴らしいリーダーシップとセーリングスキルをみせ、マキシクラスの世界チャンピオンに5度輝きます。

しかし、同時に厳しくつらい事態にも遭遇します。1998年オーストラリアで開催されたシドニー・ホバートレースに、エリソンは自ら<さよなら>のスキッパーとして参加します。

Sayonara1
© Youtube / CYCATV

シドニーをスタートし、タスマニアのホバートまでの630ノーティカルマイル(約1200km)を帆走するこのレースは、元々荒れることで有名でしたが、特に1998年のレースは爆弾低気圧の直撃を受け、最大風速は70ノットにも達し、参加114艇中5艇が船体放棄、66艇がリタイア。わずか44艇が完走する一方で55名がヘリで救助され、死者行方不明6名を出すという最悪のレースとなりました。

このレースでエリソンの<さよなら>は優勝を飾りますが、彼はレースに勝ったのではなく、ただ単に最初の生存者になったに過ぎないと、のちに語っています。

Courier Mail: Larry Ellison says 'never again' to Hobart race

「いつもあれは私の人生を変えた経験だったと思うんだ」

「素晴らしい天候の下、シドニーのハーバーを出発したあと、空は徐々に暗くなると共に風は激しくなっていった。そして12時間後には、当時の大会記録保持者が24時間で到達した地点を、我々は遥かに超えていた」

「つまり、大会記録の倍を超えるスピードで進んでいたんだ。こりゃスゴイぞ。でも一体どうなってるんだ?と思ったのを覚えているよ」

「<さよなら>は21ノット以上のスピードが出ていた。でも私は『そんなはずはない』と言い続けてたんだ。そのときはまだ普通の嵐で、その先に何が待っているか、我々には全くわかっていなかった」

70ノットの風と波にもみくちゃにされた後、風は俄かにおさまります。そのとき彼は「助かった!」と思いますが、じきにそれは間違いであると思い知らされるのです。

Sayonara2
© Youtube / CYCATV

そうです。彼らは爆弾低気圧の"目"に入ったのでした。

「<さよなら>には2台のノートPCを搭載していたんだが、その画面上に映し出される低気圧の中心のほんの右側に小さな"+"マークが表示されていた。実はそれが我々だったんだ。」

「我々は『助かった!』と思っていたが、実はまだ半分に過ぎなかったんだ」

そのときの海の状況は非常に恐ろしいものであったとエリソンは語っています。

「とにかく全てが普通じゃなかった。風の音はそれまで聞いたことがないほど、ものすごくカン高いものだった。空も異常なら波も異常。何もかもが異常だった」

この九死に一生をえるような経験にも関わらず、彼はセーリングへの情熱を保ち続けます。

<<つづく>>

--------------------------------------------

JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月30日 (火)

ところでアリンギは?

閑話休題、かつて王者の名を欲しいままにしたアリンギの近況が入って来ました。

40フィートレーシングカタマラン「エクストリーム40」を使用したサーキット「エクストリーム・セーリング・シリーズ」の第5戦ポルト大会で、惜しくも優勝は逃したものの、アリンギは最終日までその存在感を示したようです。

ちなみに、ポルトでは普段自らヘルムをとるオーナー、エルネスト・ベルタレリではなく、かつてマキシでブイブイいわせていたモーガン・ラーソン(アメリカ)が舵を握っていました。

かつてのエド・ベアードもそうでしたけど、”USA”を背負うオラクルに殆どアメリカ人がいない一方で、ライバルアリンギのヘルムをアメリカ人が握っているというのは、なんとも皮肉ですね。

元々アリンギはマルチハルがお家芸なんだから、変な意地張ってないでアメリカズカップに参戦すれば良いのに・・・って、前回の経緯を考えるとムリ??

以上、本日の小ネタでした。

--------------------------------------------

JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月11日 (木)

イアン・マレーの安全提言は却下! ルナロッサはレースに復帰。

第34回アメリカズカップのレース運営組織:アメリカズカップ・レースマネジメント(ACRM)の合意の下、国際セーリング連盟(ISAF)が指名した国際ジュリーの裁定が下されました。

結論は、「ACRMのレガッタ・ディレクターであるイアン・マレーが、大会公示(Regatta Notice) 第189号で出場各チームに指示した安全のためのAC72クラスルールの変更は無効」というものです。

以下が今回の国際ジュリーの判定文書の全文です。

ここには、エミレーツ・チームニュージーランドとルナロッサがイアン・マレーの安全提言、及び大会公示第189号に対し不服を申し立てた経緯、オラクルやアルテミス、さらに米国沿岸警備隊(日本の海上保安庁に当たる)といった関係者への事情聴取結果、さらには本裁定の根拠となる「贈与証書」から第34回アメリカズカップの大会議定書(プロトコル)の関連条項まで延々と記載されていますが、肝心なのは22ページ目の数行だけです。

--------------------------------------------

DECISION AND ORDERS

186. Regatta Notice 189 has the effect of changing the Class Rule and is therefore not in accordance with Protocol Article 4.3(k). The Regatta Director is ordered to withdraw RN 189.

裁定 及び 指示

186. 大会公示 第189号はクラスルールを変更する効力を持っており、大会議定書 第4.3条K項に違反する。従ってレガッタ・ディレクタは大会公示 第189号を取り下げること。

--------------------------------------------

大会議定書 第4.3条K項には、「ACRMは大会議定書に沿った規則を発行することができるが、それら規則は同じく議定書の13条に規定された文書の内容まで変更できない」と書いてあります。議定書 第13条については、あとで述べるとして、では大会公示 第189号に何が書いてあるかというと・・・

「アルテミスの転覆事故を受けた是正処置の一環として、米国沿岸警備隊に(例の37か条からなる安全提言を含む)競技安全化計画を提出した。(法令順守を規定した)大会議定書 第16条と(大会運営の規則書を定義した)大会議定書 第13.2条に従い、AC72のクラスルールを変更する」とされています。

この際なので、第34回アメリカズカップの大会議定書もアップしておきます。興味のある方は第4.3条K項と第16条、第13.2条をご参照ください。

ちなみに第13.2条には"第13.1条を見ろ"と書いてあり、第13.1条には、この大会議定書より「贈与証書」が優先されると書いてあります。アメリカズカップの憲法である「贈与証書」については、2009年8月10日付の当ブログに詳しく記しているので、興味のある方はそちらもどうぞ。

とまぁ、ここまできて何が問題かというと、要はクラスルールの変更が問題なのです。ということで、今度はAC72のクラスルールを見てみましょう。

問題は、クラスルールの第4条にあります。

--------------------------------------------

4. AMENDMENTS

The AC72 Class Rule may be amended at any time by unanimous consent of Competitors still competing and the Regatta Director, except that:

(a) at any time the Measurement Committee, with the approval of the Regatta Director, may amend the AC72 Class Rule with respect to media requirements; and

(b) prior to March 1, 2011, the Measurement Committee, with the approval of the Regatta Director and a majority of the Competitors, may amend the AC72 Class Rule in any respect.

4. 修正

AC72クラスルールは、以下の場合を除き、参加中の競技者およびレガッタ・ディレクタによる全会一致の合意がなければ修正できない。

(a) レガッタ・ディレクタの許可の下、計測委員会はメディア関連のAC72クラスルールを修正できる。

(b) 2011年3月1日までは、レガッタ・ディレクタと過半数の競技者の許可の下、計測委員会はAC72クラスルールのいかなる項目も修正できる。

--------------------------------------------

ということで、いかにレガッタ・ディレクタといえども、全参加チームの合意がなければ、クラスルールの変更はできないことになっているのでした。今回チーム・ニュージーランドとルナロッサは、正にこの点を突いてきたのです。

今回の裁定の結果、クラスルール変更を伴うラダーエレベータの面積や深さ、対称形といった安全規定は撤回され、ルナロッサはめでたくレースに復帰となりました。

で、これからどうなるかというと、2つの懸念が指摘されています。

1. 沿岸警備隊の許可が撤回されないか?

そもそもイアン・マレーはアルテミスの転覆事故を受け、上記ラダーエレベータの安全規定を含む37か条の安全提言を米国沿岸警備隊に提出し、大会開催の許可を得ていました。今回その安全提言の一部が撤回されることになるので、これに対し沿岸警備隊がどう判断するか、現時点では不明です。最悪大会の中止を命令される可能性もないとはいえません。

2. "不安全な"ラダーエレベータの復活

今回の裁定を受け、ラッセル・クーツはオラクルも安全規定に捉われない新しいラダーエレベータを装備すると同時に、ルールを巡るドロドロした争いが復活するだろうと facebook 上でコメントしています。

今回は久し振りに長文となってしまいました。

アリンギとオラクルの法廷闘争以来、こういったゴタゴタになると俄然ノリノリになるブログ主とんべえでした。

ようやくアメリカズカップらしくなってきたと思いません?

--------------------------------------------

JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月25日 (火)

闘いは再び法廷へ?

どうも、きな臭い話が出てきました。

地元サンフランシスコの報道によると、アメリカズカップ・レースマネジメント(ACRM)の大会委員長、イアン・マレーが提示した37項目の安全提言に対する協議が難航している件で、もしこのまま合意に至らない場合、再び裁定がニューヨーク州最高裁判所へ委ねられる可能性があるとのことです。

San Francisco Chronicle: America's Cup dispute could end up in court

この記事でイアン・マレーは、ISAFの国際ジュリー団を交えた4日間の調停協議の結果、「争点はフォイルについたエレベータ(昇降舵)の扱いに絞られてきた」と語っています。

消息筋が San Francisco Chronicle 紙に語ったところによると、チーム・ニュージーランドとルナロッサは、オラクルとアルテミスの使用しているフォイルに装備されているエレベータがルール違反であると主張しているとのことです。

具体的には、オラクルとアルテミスのエレベータに装備されているエルロンが問題視されており、これを持たないニュージーとルナロッサが態度を硬化させている模様です。

ニューヨークを拠点として活動する弁護士であり、アリンギとオラクルが激しい法廷闘争を繰り返した際、詳細な解説(←当ブログでも引用させていただきました)を Scuttlebutt に寄稿してくれたコリー・E・フリードマン氏は、「この国際ジュリーによる調停に不服のあるチームが、オラクルとアリンギの法廷闘争と同様、アメリカズカップの法的管掌者であるニューヨーク州最高裁判所へ提訴する可能性は極めて高い」と語っています。

ルイヴィトンカップの開催を来週に控え、果たしてどうなることか…

--------------------------------------------

JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年2月 6日 (土)

The Ego Duel - 真実とは何だ?

現地バレンシア時間の2月5日(金)、アリンギ、BMWオラクルともベースに報道陣を引き入れ、プレスカンファレンスを行いました。

まず、アリンギ側のプレスカンファレンスの映像はこちらです。

この中で、アリンギのオーナー、エルネスト・ベルタレリは、ロイック・ペイロンと共同で防衛艇「アリンギ5」のヘルムを取ることを正式に表明しました。

一方のBMWオラクル側のプレスカンファレンスの映像はこちらです。

Watch live streaming video from bmworacleracing at livestream.com

こちらは50分近いプレスカンファレンスを最初から終わりまでノーカットで観ることができます。この中で、オラクルのオーナー、ラリー・エリソンは、バレンシア入りしてからチームに挑戦艇「USA」の軽量化の為、搭乗を遠慮するように言われ、渋々受け入れたと語っています。

エルネスト・ベルタレリとラリー・エリソン、この2つの強烈な個性の対立が、今回の対戦の原因となっているのは間違いありません。ベルタレリが20年近くレマン湖を中心としたレースで活躍してきたのに対し、エリソンもマキシ「サヨナラ」で輝かしい成績を残しており、2人とも単に金を出すだけではなく、セーラーとしても一流の存在です。

当ブログでは、ここ数日ベルタレリを擁護する論調の意見を掲載してきましたが、本当のところブログ主とんべえは、BMWオラクルの主張を全面的に支持しています。

何故なら、今回アメリカスカップが2年半に渡り混乱に陥った最大の理由は、アリンギが実体のない傀儡ヨットクラブ、クルブ・ノウティコ・エスパニョール・デ・ベラ(CNEV)を挑戦者代表に据え、ジュリー・アンパイア・レース委員会の選任・解任、新しいクラスルールの策定、さらには挑戦ヨットクラブの失格等々、フェアな競技運営には欠かせない多くの事案を、実質独断で決定できる議定書(プロトコル)を作り上げ、第33回アメリカスカップの運営を全て意のままに行おうとしたことが、発端であったからです、

これらの経緯に関しては、2007年から続く当ブログで随時に詳しく記してきましたので、それらをご覧になれば、ご理解いただけると思います。

アメリカスカップの憲法である贈与証書が、防衛ヨットクラブに圧倒的な特権を認めているのは事実ですが、そもそも贈与証書自体19世紀の産物であり、高度に進化した現代スポーツには全く合わない存在となっていることも事実です。

防衛者が全てのルールを司るということは、極論すれば、F1の世界でブラウン・メルセデス・・・というとピンと来ないので(失礼!)、例えばフェラーリがチャンピオンになったとしましょう。そのフェラーリが翌年のレギュレーションを単独で自由に決められるとか、サッカーのワールドカップで頂点に立ったイタリアが、次回大会の運営方針を単独で決められるとか、或いは内藤大助を破ってチャンピオンとなった亀田興毅が、次回対戦のルールを自分で決められるとか、そういった類の話なのです。(もちろん、アメリカスカップの本質はヨットクラブ対ヨットクラブの国際親善試合なので、上記の競技と事情は異なりますが、たとえ話として・・・)

よって、公平なルールの下で競技を行おうとすると、防衛者=大会運営者とスタイル自体に、もはや無理があります。

もちろん、ヨットレースの最高峰であるアメリカスカップの防衛者は、世界中のヨットクラブの頂点に立つ者として、尊重されるべきであることは間違いありません。しかし、だからといって、何をしてもよいということではないはずです。正にラッセル・クーツが言う如く「確かにカップを勝ち取ることは容易なことではない。しかし、不可能であってはならない」のです。

今回の対戦は、世界中から「大富豪同士の醜いエゴの張り合い」と揶揄されてきましたが、本当の真実とは何か、これから始まる戦いを見ながら考えてみたいと、とんべえは思っています。

さて、両チームのプレスカンファレンスから一夜明けた2月6日、バレンシアでは両チームのオーナー同士による記者会見が予定されていました。そこで、対戦を前にしたベルタレリとエリソンが互いに握手することになっていたのですが、ラッセル・クーツの会見場入りを拒否されたエリソンが出席を拒否。結局ベルタレリだけが出席する異常事態となり、ベルタレリはエリソンの対応を激しく非難しています。

4334522379_6c75a45860_b

Photo Copyright: Guido Trombetta / Alinghi

その一方でアリンギは先日のインターナショナル・ジュリーによる審問結果をうけたレース公示と帆走指示書の再修正版を発表しましたが、ジュリーが撤廃の決定を下した風速・波高の制限に関し、安全面の問題を理由に、裁定を全く無視した形で「風速15ノット以上、波高1メートル以上ではレースを行わない」との条文を、元通り残しています。

アリンギはフェアではないといいながら、一向に握手すらしようとしないエリソン。BMWオラクルは卑怯で、我々は被害者だといいながら、相変わらずルールを自分に有利な方向へ仕向けようとするベルタレリ。

このエゴ対決の行方は、一体どうなるのでしょうか?

-------------------------------

開幕が迫ってきましたので、アメリカスカップの放映予定についてまとめておきます。

1. 第33回アメリカスカップ公式サイト

無料ライブ放送が大会の公式サイトから配信されます。メールアドレスの登録とソフトのダウンロードが必要です。

http://33rd.americascup.com/en/regate/regarder-la-course/show.php

2. BMWオラクルレーシング

BMWオラクルも独自の実況配信を行います。

http://www.livestream.com/bmworacleracing

3. ESPN360.com

米国内のみが対象ですが、スポーツチャンネルのESPNがウェブ実況を行います。なお、ESPN360を視聴できるプロバイダに入っている必要があります。ちなみに今回米国でもこのネット配信だけで、初めてアメリカスカップのTV中継がなくなるという事態になっています。

http://espn.go.com/broadband/espn360/index

4. Boats on TV

内容は公式サイトと同じようです。ストリーミングがスムーズな方を選べば良いと思います。

http://www.boatson.tv/

5. セーリング・アナーキー

なんとまぁ、セーリング・アナーキーも独自の実況をしてくれるそうです。こっちのコメントも面白そうです。

http://www.sailinganarchy.com/otwa/33rd_americascup.php

------------------

追記:

ブログ主とんべえは、大会運営者へこっそりプレスパスの申請をしていたのですが、どうやら受理されていたようです。もっと早くにわかっていれば、本当に現地入りしたのに

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年2月 4日 (木)

Is he desperate? - 「アリンギ5」のヘルムスはベルタレリ自身

未だアリンギからの正式な発表はありませんが、AFPによると、アリンギのオーナー兼代表であるエルネスト・ベルタレリは、自分自身で防衛艇「アリンギ5」のヘルムを握り第33回アメリカスカップに出場すると語ったいうことです。

4285724734_861a2d8895_o

バレンシアにおいてアリンギ5のステアリングを握るエルネスト・ベルタレリ Photo Copyright: George Johns/Alinghi

AFP: Swiss billionaire Bertarelli to take Alinghi helm

この記事の中でベルタレリは「私がやるつもりだ。私にはアリンギ5のステアリングを握るに充分なスキルと経験があると思っている。今回のアメリカスカップで、私自らステアを握ることは光栄であり、また喜ばしいことでもある」と語っています。

実際エルネスト・ベルタレリは地元スイスのレマン湖で20年近くマルチハル艇に乗ってきた経験があり、昨年7月の進水以来、防衛艇「アリンギ5」のテストセッションにも絶えず参加してきました。

スイス・レマン湖におけるシェイクダウンテストで、アリンギ5のステアリングを握るエルネスト・ベルタレリ Copyright: Alinghi TV

また、彼自身アリンギのアフターガードの一員として実際にボートに乗り組み、過去2回アメリカスカップに勝利しています。

従って、彼のスキルと経験が、そこいらのアマチュアレーサーのレベルではないことは確かですが、それでもキラ星の如くトップセイラーが揃ったアリンギで、前回アメリカスカップのウィニングヘルムスであるエド・ベアードや、マルチハルの達人ロイック・ペイロンらを差し置いて、なぜオーナー自ら大事な一戦のヘルムをとらねばならないのでしょうか?

私が思うに、これはもうベルタレリの"意地"なのでしょう。

というのは、本来アメリカスカップの防衛者には、カップの憲法たる「贈与証書」によって、圧倒的な特権が認められていました。即ち、「対戦は防衛者側のルールで行われる」「挑戦者は可及的速やかに挑戦艇のスペックを提示しなければならないが、防衛者はスタートの直前まで防衛艇の変更が認められている」等々であり、これらの特権を巧みに操り130年に渡ってカップを防衛してきたのがニューヨーク・ヨットクラブであったのです。

ところが今回BMWオラクルが起こした訴訟の結果、「贈与証書」の管理者であるニューヨーク州最高裁判所の命令により、本来防衛者が有していたはずの特権はことごとく剥奪され、自らが選んだ対戦地も変更を余儀なくされ、挙句の果てに世界中のチームが使用しているノースセールの「3DL」すら取り上げられようとしてきました。

そして、同裁判所の指導の下、ISAFが指名した第33回アメリカスカップのインターナショナル・ジュリーは、昨日アリンギにとって非常に不利となる審問結果を下しました。(元々アリンギが発表した第33回大会の運営議定書では、ジュリーのメンバーもアリンギが選べることになっていました。)

ベルタレリにしてみると、アメリカスカップを奪われて15年になろうとする米国人たちが、その司法制度を最大限利用して、本来防衛者に認められていたはずの圧倒的特権を悉く奪い去り、今度はカップまで自分の手から奪おうとしている。

そこまでしてカップを自分たちの手に取り戻したいのであれば、好きにすれば良い。その代わり挑戦は俺自身が受けてやる。その結果、たとえカップを失うことになっても・・・という心情なのかもしれません。

そう考えると、折角ブラッド・バタワースがシンガポールまで出向き、まとめようとしていた合意(レース数を増やすことや、風速に上限を設けること等が含まれていたと思われる)を、自分の一存で撤回させ、贈与証書に則った対決へ突き進むことをベルタレリが選択したのも納得がいくような気がします。

今、彼は四面楚歌の状況にいると感じているのかもしれません。

少し前のことですが、そんな彼の心情を良く表したインタビュー記事がありますので、ご紹介しようと思います。シーホースというセーリング情報サイトがベルタレリに対し行った単独インタビューです。

Seahorse International Sailing: Setting the Scene

----------------------------------

シーホース (以下SH): あなたがアリンギ5の建造を決意した時、設計段階でこのようなボートになると思われましたか?

エルネスト・ベルタレリ(以下EB): 我々がアリンギ5の建造を決めたのは、90フィートのモノハルを使った次回アメリカスカップの開催が不可能となった時だった。ご存知のとおり、オラクルのせいで我々はマルチハルでの一騎打ちを行わなければならなくなった。そこで、我々はレマン湖での経験を生かすことにしたんだ。こんな巨大なカタマランを建造するなんて、想像もできないような悪夢だったけど、レマン湖上で初めてアリンギ5を走らせた時は、何ともいえない達成感があったよ。

SH: あなたのマルチハルでの経験は、アリンギ5の設計にどれほど生かされましたか?

EB: 私には殆ど20年に渡りレマン湖でマルチハルに乗ってきた経験があり、その間もボートスピードをアップするため、毎年何か新しいことをしてきた。マルチハルの良いところは、既にモノハルではできないような開発の余地が残されている点だ。そして、過去3度に渡るアメリカスカップでの経験を活かした開発ツールを使うことによって、レマン湖上での小さなボートを基にあれこれ想像するよりも、より具体的な回答を得ることもできる。開発と言う見地からいうと、今回のプロジェクトはとんでもなく面白いね。

SH: アリンギ5の開発には、どのくらいスイスのテクノロジーが生かされているのでしょうか?

EB: アリンギ5は"スイス製"だ。例えば、Y字型のバックボーンフレームはレマン湖上で考え出されたコンセプトだ。もちろん過去のアメリカスカップにおける経験も生かされているが、アリンギ5の基本コンセプトは、あくまでスイス製だ。多くのプロジェクトからえられた様々な要素を纏め上げ、物凄いマシーンをスイス・ビルヌーブで一から建造することができた。

SH: アリンギ5を走らせるのは、D35や41フィートカタマランである「ル・ブラック」での経験をスケールアップするような感じですか?

EB: 驚いたことに、アリンギ5は私が過去にレースをしてきたマルチハルと大きく変わらなかった。アリンギ5は非常にレスポンスが良く、スピードやパワーに素早く対応しなければならない。ボートのサイズ故に、あらゆるスケールが劇的に大きいけど、このボートを走らせることが楽しくて安全だということを確認するのに足る充分な経験をチームは積んできた。この手の巨大マルチハルによるアメリカスカップがどういったものになるのか、色々と言われているけれど、実際に乗った者でなければ、本当の楽しさや素晴らしさは理解できないね。実際にこの手のボートでカップを戦った者だけが、それを語る権利があるんだ。

SH: あなたが自らヘルムを取っているところも度々目撃されていますが、どんな感じですか?

EB: 私がこれまで乗ってきた他のマルチハルとアリンギ5との最大の違いは、ティラーではなくステアリングで操作しなければならない点であり、これにはちょっと慣れが必要だね。それから、小さいボートよりは多少重たく感じるかな。でも、ワクワクする感じやスピード感、それに高くフライングしている感覚はもっと大きいよ。ボートに乗っていてこんなに楽しいことは今まで経験したことがないくらいだ。

SH: クルーはどのように選ばれるのですか?

EB: 我々が勝利した過去2回のアメリカスカップと同じ方法で行こうと思っている。基本的にはスキッパーであるブラッド・バタワースが決めることになる。我々は元々モノハル艇でレースをするつもりでいたが、結局エンジン付きの90フィートマルチハルで対決することになったから、クルーの数を絞らなければならない。この手のボートでマッチレースを闘うには、エンジンは不可欠だよ。またキャンペーンを進める過程で、特にフランスの外洋マルチハル界から新しいスタッフをチームに招聘することにした。彼らがどんなことをしているか直接見ながら、彼らの経験を学ぶためにね。

特にロイック・ペイロンとは以前から知り合いだったし、アラン・ギューターとは最近D35のレースを通じて知り合った。私は彼らと頻繁にレマン湖上でレースをし、いつも凄い連中だと思っていた。私個人の経験から、彼らとスタートラインで対面することは容易でないと知っていた。一方、エド・ベアードも前回アメリカスカップでアリンギに勝利をもたらしてくれたし、ここ数年間マルチハルでも多くの成功を納めている。こういった多くの才能あふれるセーラーの中から、対戦に最も適した人物を選ぶことにしている。

SH: オンボードの情報をリアルタイム収集し、セーリング終了後、解析の為データを陸上へ持ち帰るとのことですが、一体どのようなシステムなのでしょうか?

EB: セーリング中オンボードで実際に感じとり、それが実際には何だったのか、陸上でデータを見ながら確認できるのは、本当に素晴らしいよ。データは絶対ウソをつかないから、オンボードで感じたことが正しかったかどうか、また、それは如何にして起こったのかを確認できるのは有難いけれど、一方で、いつもきちんと状況を見ておかねばならないというプレッシャーを乗り手にかけることにもなる。

SH: これら分析結果の優先順位はどのようにつけ、またどのような対策をとるかという意思決定は、如何にして行われるのでしょうか?

EB: アリンギでは、対策は皆で決めることにしている。我々は打ち合わせを行い、計画をたて、その計画はチームのメンバーに分担され、各自与えられた仕事に責任を持って取り組み、より良い改善策やデータ、情報を持って戻ってくる。そして、再び打ち合わせを行い、次のステップへ進むんだ。これは皆で一緒になって進める反復作業であり、そこに隠し事は存在せず、情報はいつも共有される。だから、意志決定は単純明快なんだ。だって、大抵の場合、皆が同意するからね。

4332572105_997aaec7ac_b

アリンギチームの面々。最前列左からブラッド・バタワース(スキッパー)、エルネスト・ベルタレリ(オーナー)、グラント・シマー(設計責任者) Photo Copyright: Guido Trombetta/Alinghi

SH: レースの現場と開発部隊が一緒になって仕事をされているというわけですね。対戦相手の動向についても気を配ってこられましたか?

EB: 我々はいつも他のチームにも気を配ってきたよ!我々が2007年カップ防衛に成功した時も、全ての挑戦チームに対し配慮していたし、2007年の12月には、我々が提示した第33回アメリカスカップのプロトコル(大会運営議定書)に12チームがサインし、多くのスポンサーとも契約条件で合意して、大会を進める準備が出来ていたんだ。更に2008年の12月には、12カ国からの19チームが第33回大会の方針に合意していた。たった1チームを除いてね! 唯一BMWオラクルが提訴を取り下げず、他のチームに合流しようとしなかったため、我々が進めていた第33回大会が頓挫してしまったんだ。更に法廷闘争を通し、連中は自分たちのやり方を押し通して挑戦者代表に納まり、今度は我々に贈与証書に則った一騎打ちを仕掛けている。そこには相互の同意なんて存在せず、ただあるのはウンザリするほどの法廷闘争だけだ。ここまでにも8度に渡って法廷で争わねばならなかった。これはまさしく不幸な状況といわざるを得ないが、それでも、いつも前を向いて進んできた。クルーをボートに乗せて、信頼できるスタッフを守りながらね。

SH: 第1レースの朝どんな気持ちが表現してみてください。過去にこんなことを想像したことはありますか?

EB: 第1レースの朝は、アメリカスカップに勝利した過去2回とも、それぞれ異なるものだった。だから、多分今度も今までとは違うものになるんじゃないかな。体からあふれるような強い感情と大きなプライドが、そこにはある。チームとして一丸となってレースに臨むのは、本当に価値あることだよ。アメリカスカップに出場することは特別なことであり、この上ない幸せでもある。そして、2003年我々がそうであったように、正当な挑戦者となるためにはチャレンジャー・セレクションシリーズを勝ち抜き、カップへの挑戦権を獲得しなくてはならない。対戦を通して勝ち取るのが、カップの本来あるべき姿だ。

SH: もし今回アリンギが勝利した場合、第34回アメリカスカップをマルチハルで開催したいと思いますか?

EB: もし我々が再び勝利し、BMWオラクルとの法廷闘争から解放されたときは、最先端のテクノロジーを凝縮したボートを使い、多国から多数チームが参加する形でのアメリカスカップを開催したいと思っている。

SH: 将来アメリカスカップ以外に、どんなセーリングをしてみたいと思いますか?

EB: いわゆるグランプリ・セーリングは、どれも大好きだよ。地中海サーキットも楽しいけど、でも特にレマン湖でのマルチハルレースが好きだな。でも、今はカップを防衛することに100%集中しているし、ボートの開発作業を毎瞬楽しんでいるよ。我々はマルチハルを新しいレベルに進化させようとしているところであり、もっと脚光を浴びる存在にしたいと思っている。

SH: 今までとは違う何かをするということでしょうか?

EB: 我々が史上最も驚くべきボートを建造した一方で、皆さんに覚えておいて欲しいことがある。BMWオラクルが如何にプロパガンダしたところで、今回のマルチハル対決は米国の裁判制度を駆使した彼らの策略の結果なんだ。我々は彼らに何度となく他チームと合流するチャンスを与えてきた。2003年から2007年に掛け、我々は史上最も成功したアメリカスカップのイベントをヨーロッパ中でオーガナイズしてきた。我々は最終的に対戦相手となったチーム・ニュージーランドに資金援助すらしたんだ。バレンシアでの対決をより良いものとするためにね。第33回アメリカスカップを同じようなものか、或いはもっと素晴らしい、多くの国から多くのチームが参加し、一般の人々やスポンサー、メディアにも、もっとオープンで接してもらい易い大会とすることが、私の望みだった。今回は実現できなかったけどね。

我々は「急いては事を仕損じる」ということを学んだ。もし我々が勝つことができたら、第34回大会は第32回大会同様、素晴らしいものにするつもりだ。

----------------------------------

さて、今日現在の天気予報は以下のとおりとなっています。

Vlc_wind_020410

やはり、いい風が期待できそうです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 3日 (水)

No wind limits for the 33rd America's Cup - スタートの判断はレース委員会に!

昨日もお伝えした第33回アメリカスカップのインターナショナル・ジュリー(IJ)による審問は、アリンギにとって厳しい結果となりました。

今回の審問は挑戦者ゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC:BMWオラクルの所属母体)の抗議によって開催されたもので、防衛者ソシエテ・ノーティーク・ドゥ・ジュネーブ(SNG:アリンギの所属母体)が発表した第33回アメリカスカップのレース公示及び帆走指示書における以下の5項目についての是非をIJに問うものでした(審問を求めるGGYCのステートメントへのリンクは以下のとおりです)。

GGYC Statement: SNG's Biased Notice of Race and Sailing Instructions Riddled with Errors; GGYC has filed for redress from the International Jury.

  1. ニューヨーク州最高裁判所が本大会での適用から外すという判決を下したに関わらず、ISAFセーリング競技規則(RRS)53 「表面摩擦」を復活させた。
  2. 贈与証書は防衛者と挑戦者の相互合意を求めているのに関わらず、レースのスタート時間を一方的に設定した。
  3. 防衛艇に有利となる風速と波高の制限を一方的に設定した。
  4. 現在BMWオラクルが使用中である風検知器に関し、以前のレース公示草案では使用が認められていたにも関わらず、最新版では使用が禁止された。
  5. 適用ルールの優先順位が修正され、双方が論争となった場合はレース公示、並びに帆走指示書がRRSより優先されることとなった。これは通常のヨットレースの常識から極めてかけ離れたものである。

ここで出てくるRRS 53は、特殊な方法を使って艇の表面摩擦を改良することを禁止したセーリング競技規則の条項で、内容は以下のとおりです。

----------------------

Rule 53 - Skin Friction

A boat shall not eject or release a substance, such as a polymer, or have specially textured surfaces that could improve the character of the flow of water inside the boundary layer.

規則 53 - 表面摩擦

艇は、ポリマーのような物質を噴出させたり、放出させたりしてはならない。また、境界層の内側の水流の特性を改良し得るような特殊構造の表面を用いてはならない。

----------------------

つまり、今回BMWオラクルが防衛艇「USA」に導入した「表面摩擦改良システム」はモロにRRS 53に違反しています。

しかし、一方でSNG側は、防衛艇「アリンギ5」を軽風スペシャルとして仕立てる為、エンジンを搭載し、その動力をパワーウィンチと可動式ウォーターバラストに使用することによって、クルーの人数を削減、ボートの総重量を抑えることを計画しました。さらに、これを実現するにはISAFのルールが障害となった為、BMWオラクルとの法廷闘争の過程で、RRS 49~54を第33回アメリカスカップのルールから外させる判決を、ニューヨーク州最高裁で勝ち取っていました。

従って、今回BMWオラクルはこの判決を逆手にとったことになります。

さて、これらBMWオラクルの抗議に対するIJの審問結果は以下のとおりです。

  1. 「USA」は「表面摩擦改良システム」を使用できる。
  2. レースのスタート時間はSNGが決定できる。
  3. 風速・波高の制限は無効。レース有無の判断はレース委員会に委ねられる。
  4. 「USA」は風検知器を使用できる。
  5. 双方が論争となった場合は、贈与証書を最優先する。

なお、審問結果の原文は以下のとおりです。(もしIEでうまく表示されない場合は、「インターネットオプション」>「プライバシー」>「詳細設定」で「自動 Cookie 処理を上書きする」をオンにすると改善されると思います。)

ということで、風速・波高の制限は無くなり、全てはレース委員会の判断に委ねられることとなった上に、BMWオラクルの秘密兵器は、みな使用が認められることにました。

この裁定に対し、アリンギは公式サイトにおいて、「レース開始の判断はSNGのレース委員会に委ねられることとなった」としています。

Alinghi: Further clarity for the 33rd America's Cup Match

しかし、2年半の法廷闘争の結果、レース委員会のメンバーもISAFの強い関与により公平は人選がなされていますので、実質的にはSNGの意向に関わらず、極めて常識的な判断の下、レース有無の決定が下されることになるでしょう。

ちなみに余談ですが、元々2年半前にアリンギが発表した第33回アメリカスカップ運営議定書(プロトコル)では、レース委員会の選任・解任はアリンギが自由に行えることとなっていました。つまり、自身の息が掛かった人選が可能だったのです。しかし、同時にこれが2年半の法廷闘争の原因のひとつとなっていました。

長い法廷闘争の結果、公平なレースが運営されるようになったともいえますが、カップ保持ヨットクラブであるSNG/アリンギとしては、自身の主催する大会のレース委員会すら自由に選べないという結果にも繋がっています。

カップ保持者であるエルネスト・ベルタレリ(厳密にいうとカップを保持しているのはSNGであり、ベルタレリ個人ではありませんが・・・)としては、軽量スペシャル「アリンギ5」を建造し、超微風地帯である中東ラアス・アル・ハイマでカップを防衛すると言う当初の目論見が完全に崩れた上に、最後の頼みであった風速制限も排除されてしまうという、踏んだり蹴ったりの結論となりました。

きっと"公平なルール"の名の下、元来カップ防衛者に許されてきた特権が全て剥奪されてしまったように感じていることでしょう。

とにかく、これでレースに向けた準備が整いました。さて、来週のバレンシアの天候はどうなっているでしょう?

Vlc_wind

まだまだ先の予報ですし、数日前にはベタの予報が出ていたので当てになりませんが、今のところ、いい風が吹きそうです!

対戦が楽しみになってきました!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年1月31日 (日)

エド・ベアード、第33回アメリカスカップについて語る。

さて、このところ挑戦者BMWオラクルの話題が続いたので、今日は防衛者アリンギ側の話題をお伝えしましょう。

来週2月8日から始まる第33回アメリカスカップは、史上初めてマルチハル艇同士によって争われることになります。一世紀半に渡る歴史の中、1988年の大会においてデニス・コナーがカタマラン版「スターズ&ストライプス"US-1"」を使用したのが唯一の例外で、それ以外はずべてモノハル艇同士のマッチレースとして、アメリカスカップは行われてきました。また、その1988年大会も、対戦相手のニュージーランド「KZ-1」はモノハル艇であり、レース自体は「US-1」のワンサイドゲームで、全くマッチレースの体をなしていませんでした。

それでは、マルチハル同士、しかも今回のようなハイテクモンスター同士がマッチレースで対決したら一体どうなるのでしょうか?

そこで、まずSolid.comが作成した比較表をご覧ください。

Solid.com: BMW Oracle USA 17 vs Alinghi 5 Comparison Chart

Americascupcomparisonfinalwebv22

Copyright: Solid.com

「アリンギ5」も「USA」も正確な寸法は公表されていないため、これらの数値もあくまで推測値ですが、ともかく前回大会まで使用されていたACボートとの違い目を奪われます。全長は1.5倍、マスト高は1.5~2倍、全幅はもちろん比較にならず、セイルエリアに至っては3~4倍、その一方で、排水量はほぼ半分。そして何より違うのはボートスピードです。今回のモンスターたちは、風速が1/3しかなくても、ACボートの3倍のスピードを実現可能といわれているのです。また、この表にはありませんが、元来マルチハル艇はモノハル艇に比べ小回りが利かないという欠点もあります。

スピードレンジが従来と全く異なる一方で小回りが利かないというマルチハルの特性を考えると、今回の対戦は一体どんなマッチレースとなるのでしょうか?はたしてスタート前のサークリングやダイアルアップ、更にはタックの応酬という、我々がマッチレースで見慣れてきたシーンが繰り広げられ得るのでしょうか?

これに対し、既に一昨年のことですが、アリンギのヘルムス、エド・ベアードが、巨大マルチハルによるマッチレースがどのようなものになるかBYM ニュースの取材に応えた記事があります。

BYM News: Ed Baird talks about the DoG match

このインタビューは「アリンギ5」はおろか「USA (BOR 90)」すら姿を現していない2008年夏に行われたものです。そのような段階で、既に巨大マルチハル同士の対決に関し深い考察がなされており、今読み返しても全く陳腐化していません。

エド・ベアードは、J/24のセーリングクリニック等で度々来日しているため、日本でも"エドさん"としてお馴染みのセーラーです。私自身も2度程お会いしましたが、本当に思慮深い紳士という感じの人物であり、このインタビューも、そんな彼の性格がよく現れています。

多士済々のアリンギチームの中で、今回最終的に誰が「アリンギ5」のヘルムを取ることになるのか、まだ明らかにされていませんが、実際にモンスターマルチハルに乗り込み対決しなければならない者としての心情が読み取れる、非常に興味深いインタビューとなっていますので、是非ご覧ください。

(このインタビューは、元々2008年11月24日11月28日付の当ブログでお伝えしたものでしたが、途中まで翻訳したところで放置していました。今回未翻訳部分も合わせ完全版としてアップします。)

Bairdmicact8altm80401

アリンギヘルムス エド・ベアード Photo Copyright: Alinghi

-----------------------------

エド・ベアードは、アリンギのヘルムスマンとして第32回アメリカスカップに勝利し、2007年度ISAF年間最優秀セイラーに選ばれました。彼の国際的な成功は、1980年レーザーの世界チャンピオンになったことから始まり、1983年にはソリングとJ/24の世界チャンピオンとなりました。彼は1995~96年と2004~05年のISAF世界ランキング1位であり、また1995・2003・2004年にはマッチレースの世界チャンピオンとなっています。またベアードは世界中で様々なレースに出場しています。

BYMのマリアン・マルティンはフランス・イエールで開催されている i シェアーズカップに出場中のベアードに、BMWオラクルが逆転勝訴した場合実施されることになる贈与証書レース(通称DoGレース)に関しインタビューを行いました。

2008年 i シェアーズカップのワンシーン。この年はアリンギ、BMWオラクルに加え、チーム・オリジン等が参戦していた。

BYM: 90フィート・マルチハル艇でのタッキングに関し少し混乱があるのですが、ブラッド・バタワース(アリンギ)とジェームス・スピットヒル(BMWオラクル)はタックにおけるロスが大きいとしているのに対し、ロブ・グリーンハル(チーム・オリジン)はそんなことないとしています。あなたはどうお考えですか?

エド・ベアード(以下EB エクストリーム40(40フィート カタマラン)と比べると、うまくタックするのは難しいと思う。エクストリーム40はタック時も本当に素晴らしくロスも少ない。90フィートのマルチハルはもっとスピードが出るので、スピードを落とさずタックするのはより難しいだろう。

BYM: フランシス・ジョヨン(マルチハルヨットを使用した単独無寄港世界一周記録保持者)は、タックロスはさほど大きくなかったと言っていますが?

EB: そうだね。まだ誰もそんな大きなマルチハルで帆走したことはないけれど、もっとパワフルで強烈な帆走能力を持っているのは間違いない。でもマルチハルはあまり加速力に優れたボートじゃないんだ。元来そういうことが目的ではなくて、直線スピードを稼ぐことが得意なんだ。たからタックをするときはロスを、時には大きなロスをすることがある。

BYM: どういう状況のとき、タックを決断することになりますか?

EB: 相手のボートの前に居続けるか、相手の後ろから逃れる場合を考えてみてくれ。だからタックを迫られるケースは多々ありえる。もちろん大きな風のシフトが予想されるなら、それを戦略的に掴みに行くこともあるだろう。でも余程相手から離されて一発勝負に出なきゃならないとき以外は、相手ボートから離れるということはまずないだろう。

BYM: スピットヒルは、マッチレースであっても両艇は離れてしまうだろうと言っていますが?

EB: 僕がBYMの彼に対するインタビュー記事を読んだ時、アメリカスカップやマッチレースのサーキットに慣れ親しんできた者の感覚からかけ離れているという点において、彼は全く正しいと思った。しかし、前回のルイヴィトンカップやアメリカスカップにおいても2艇の距離が6~800メートル、時として1キロ以上離れてしまったケースのあることを思い出してくれ。で、今度のマルチハルがどうなるというと・・・艇速は今までの約3倍で、上り角度は悪い。だから一旦離れてしまうと、あっと言う間に大きく離れてしまうだろう。でも、ということは、逆に言えばあっという間に近づいてくるとも言える訳だ。しかし距離的には大きく離れてしまうこともあるので、ヘリから2艇を中継するのは大変かも知れないね。

BYM: 風上航レグに続いてリーチングのレグがあります。両艇が同時にジャイブマークに到達したら、どんなことになると思いますか?(註: 贈与証書の規定では、2日目のレースは一辺13マイルの正三角形であり、第1レグが風上航、第2マークは左回り60度という、きついジャイブマークとなる。)

EB: まあ、通常のルールが適応されるだろうね。即ちマークまで一定の距離に近づく前にクリア・アヘッドになっておかなきゃならない。さもなければ内側に水を開けてやらなきゃならないね。

BYM: それは、なんだか危険なことではないですか?

EB: 非常に危険なケースとなる可能性がある。経験したことがないだけに、間違いなく理解しておきたい部分のひとつだ。だから、偉そうなことを言っているけど、僕らとしても現段階ではっきりとわかっているわけではないんだ。

BYM: あなたはルールづくりに関与してきましたか?

EB: 少しは話したけど、もっと真剣に議論しなきゃいけないね。でも、僕らはもっぱら如何にしてマルチハル艇建造の遅れを取り戻すか、そしてもちろん、それをどう走らせるかということに専念してきた。今実際にマルチハル艇を走らせてみて、通常のマッチレースのルールはマルチハルに合わないこと、そこには議論の余地があることに気付き始めたところなんだ。

一般論として、マルチハル艇というのはルールに対してきっちりと対応できないところがある。もっと自由にあちこちカッ飛び走り回る、そんな類のボートなんだ。しかし、だからといって何でもアリというわけにもいかない。そんなことを許していたら、結局みんな自分たちの首を絞めることになりかねないからね。競技は安全でなきゃいけない。学生のレースやファー40のイベントとは違うんだから、考える以上に慎重にならなきゃね。

種類も様々であるマルチハル艇に対しては、厳格にセーリングのルールを適応することができないケースも多々あるんだ。なぜならボートが余りにも速い為、僕の長年の経験から言うと、きっちりとしたマークアプローチができなかったりする。だから2艇が接近してきた場合、権利を主張しあうというよりも、もっと互いに譲り合うといった感じになる。しかし、アメリカスカップの世界において、しかもたった2チームしか出場しない状況で、お互い譲り合うなんて言ってられないよね。ここはレースまでにきちんと整理しておかないといけないポイントの一つだ。

4295071789_38fa4eb737_o

アリンギの防衛艇「アリンギ5」 Photo Copyright: George Johns / Alinghi

BYM: エクストリーム40のスキッパーたちとランチを共にした際、BMWオラクルは軽風用と強風用の2艇を建造しているのではないかという話がでていました。あなたはそうだと思われますか?

EB: 僕らは報道されていることしか知らないから、わからないなぁ。BMWオラクルがどうしているのか本当に知りたいよ。数週間以内に彼らがどうしているかわかると思うけど、2艇を作っているかどうかは、全くわからないよ・・・ (註:このインタビューはBMWオラクルが「BOR 90 (USA)」を公開する前に取材された。)

BYM: 安全面はどうするつもりですか?

EB: 安全面はチームの皆が気にしていて、どうすべきか情報を入れてくれている。あの巨大マルチハル艇で帆走するとなると、パワフルでありながら加速能力に欠けるということを極めて保守的に加味しながらも、どういったところが危険なのかを早急に検証しなければならない。

もう一度、これはスピットヒルも言っていたことだけど、もしこのサイズの巨大ボートで大惨事がおこれば、チームの活動そのものが終焉を迎えることになるから、絶対避けなきゃならない。セールが破れたり、ブームが折れたり、マストが折れたり、ラダーが壊れたり等々といった事態はどんなボートでも起こりえるし、そうした場合でも安全面はなんとかなると思う。もっとも問題なのは、大概のレーサーが経験していることだけど、沈(転覆)した場合だ。沈は特にレーシング・カタマランやトリマランで起こる問題であり、オーバーパワー時に如何にしてパワーを抜くかを理解しておかなきゃいけない。”沈して学ぶ”という余裕はないからね。

(註:ベアード自身 i シェアーズカップのレース中、上記映像の如く沈を喫してリタイア、本人も負傷するいう苦い経験をしたことがある。)

BYM: なんだかアリンギ、オラクル双方ともスタートラインにすらつけないことすらありえるように思えてきました。だって、余りにわからないことだらけで、練習中にボートを潰してしまことだってありえますよね。

EB: そういうことはいつでも起こりえるさ。ACクラスが始まったころを思い出すと、サンディエゴやニュージーランドでのルイヴィトン・カップでは、ボートが壊れてスタートラインに現れないなんてことが多々あった。あのころは構造にしろ何にしろ、実験するにしても新しいことだらけで、詳しいことは誰にもわかっていなかったんだ。だからアプローチの仕方次第では、あんな事態が起こりえたわけだ。今回はアリンギ、BMWオラクル両チームとも、充分に帆走テストを行えるだけの時間が欲しいね。だって、全てのセーラーが自分達のボートの機能をよく理解できていないと良いイベントにはならないからね。

BYM: 通常のアメリカスカップ同様に、スタートも重要なもととなるでしょうか?それともボートがあまりに速すぎて、さほど問題とはならないでしょうか?

EB: スタートで先行できれば、いつもあとのレースを楽に進めることができるのは確かさ。でも私が思うに、レースコースが長い場合決定的に変わってくるのは、ボートスピードの方がよっぽど重要になってくるということだ。

そのひとつの理由として、第32回アメリカスカップでは出来るだけ接近戦になるようなレース設定をした。だから、よほどの軽風でない限り、ウェザーマークでは両艇がいつも接近していたはずだ。ここでもう一度92年や95年、2000年のアメリカスカップを思い出してみると、絶えず両艇の間には大きな差がついていた。フィニッシュラインでいつも3~4分という大差がね。でも前回のアメリカスカップでは接近戦が展開され、何と30~40秒しか差がつかなかった。多くの人が言うように、ACクラスが熟成されボートの性能差がなくなってきたことも大きな要因だが、単にそれだけじゃない。殆どの場合8~14ノットでレースが行われた風域も重要な要因だったし、長すぎない範囲で設定されたコース長も影響していた。しかし、1レグ20マイルのコースで争うとなると、俄然スタートはレース全体から見て、マイナーな存在となってしまう(註: 贈与証書の規定では、1日目と3日目は片道20マイルのソーセージコース)。

BYM: フランシス・ジョヨンは、大きいボートが必ずしも速いとは限らないと語っていますが、これに関してはどうお考えですか?

EB: もう一度、これも争点のひとつだ。どういうボートを造るか?一体どういう事態に直面することになるのか、僕ら自信も余りわかってはいないんだ。だから何が出来るのか、そこから何を追及していかなければならないか、ある程度推測で進むしかない。

BYM: 全長90フィート全幅90フィートというのは、特にレース艇として常識はずれなサイズではありませんか?

EB: そうだね(笑)、正にその通りだ。

BYM: ということは、BMWオラクルの挑戦艇は、グルーパマ 2(Transat Jacques Vabre 2007 で優勝したトリマラン)の拡大版のようなボートになると思われますか?

EB: 僕らには良くわからない。一日中あれこれ想像することはできるけど、往々にして誤った方向に進んでしまうからね。

BYM: 防衛艇はいつ頃進水される予定ですか?

EB: 僕にはわからない。スイスにいるスタッフが建造を進めているから、帆走可能になったら僕にも教えてくれると思うよ。

BYM: ジミー・スピットヒルとの会話の中で、マキシ・マルチハルであるG-クラスは往々にしてどこかが壊れ、その都度改修のためヤードに戻らなければならないことが話題に上がりました。そういったことが、防衛艇にも起こりえるのではないでしょうか?

EB: そうだね。今まで誰もやったことがないことをしようとしているのだから、何をするにしても大きなリスクが存在している。双方のチームには最高の仕事をしてくれる優れたデザイナーとビルダーがいる。でも、僕らは今まで誰も経験したことがない領域に踏み込もうとしているんだ。確かに世界一周レースに出場する大型カタマランやトリマランは同じようなサイズだった。しかし、あの手のボートはリーチングやランニングでスピードを稼げるよう設計されていた。だが、僕らが必要としているのは、もっと効率よくアップウィンドで走れるボートであり、決して外洋を走るようなボートじゃないんだ。

BYM: あなた自身は今回の対戦に楽しみにされていますか?

EB: これから起こることは非常に歴史的なことだと思うと、本当にワクワクしているよ。なぜなら、防衛艇も挑戦艇も誰もこれまで見たことがないようなボートになるからね。だからとってもワクワクしている。しかし、同時に正しくきちんと進められるかどうかを心配している。みんなで賢く進め、最後には勝ちたいね。

BYM: あなた自身これまでにマルチハルでのレース経験はどれほどおありですか?

EB: 90年代の初めごろ、アメリカでホビー21を使ったプロサーキットに参加したことがある。ホビー21はとても基本的なワンメイクボートで、エクストリーム40と同様ジェネーカーとジブがあったけど、これほどまでにパワフルでエキサイティングなボートじゃなかった。大体8~9戦で各地を転戦したから、とても楽しかったよ。その意味では今の i シェアーズカップと余り大差なかったけど、唯一の違いは大抵の場合ビーチからボートを出したことかな。そして、ビーチで立ち見している観客たちの前でレースして、レースが終わると再びビーチに乗り上げてボートを引っ張り上げたんだよ。今までのところ、ほとんどこれが全てかな。

BYM: アリンギは、モノハル艇を使用し複数チームが参加する形で第33大会を開催したいと考えているようですが、セーラーとしてどういった形の大会が一番面白いと思われますか?また、もしこのままマルチハルでの対決へ進むとしたら、どういうことをしたいとお考えですか?

EB: 前回のアメリカスカップへ向けてのプロセスは本当に面白かった。ボートの開発を進め、どうやってレースをするかを毎日少しずつステップアップしていくのが、いつも楽しかったよ。今回も僕らはマルチハルで同じことをしているわけだけど、一歩一歩のステップがもっと大きくなっている。だって、僕らには学ばなければならないことが、まだ沢山あるからね。もしBMWオラクルがマルチハルでの挑戦を言い出さなければ、i シェアーズカップに参戦することにはならなかったかもしれないけど、結局のところ、いつもと違うタイプのボートを使うだけで、プロセス自体は同じなんだ。丁度モータースポーツの世界で偉大なドライバーは、どのカテゴリーでも素晴らしいレースをするのと同じようなもんさ。ただ、そんな彼らでも新しいカテゴリーで頂点に到達するのには、少しばかり時間がかかるだろ。だから、僕らはできるだけ短時間で頂点に立てるよう、ショートカットしていかなくちゃならない。

BYM: 最後に前回大会である2007年の第32回アメリカスカップについて教えてください。あの大会で使用されたアリンギのSUI100は、挑戦者セレクションシリーズに出場できないという不利な条件にもかかわらず、他チームよりずっとエミレーツ・チーム・ニュージーランドの船と対等に闘うことができていました。その秘密について教えていただけますか?またACクラスはこれで終焉を迎えることになるのでしょうか?

EB: それには幾つかの要因があると思う。開発チームが素晴らしいボートを造り上げたのもあるし、それを走らせたセーリングチームも素晴らしかった。装備の機能は完璧だったし、セイルも素晴らしい出来だった。チームの全員が求められる以上の仕事をし、困難に直面しても、可能性がある限りはあきらめなかったことが結果につながったんだ。

BYM: ということは、大きな秘密はなかった?

EB: いやいや、そんなものは全くなかったよ。大体において、前回大会を闘ったチームは、どこもそれまでになく上手にボートを操っていた。第32回アメリカスカップで各チームのAC艇のスピードに大差がなかったのは、ACクラスが成熟された為だと誤解されている。確かにそういった部分もあるし、ACボートのクラスルールがバージョン4から5へ改訂されたことが効いているのも事実だ。しかし、最終的にボートの性能が非常に接近した最も大きな要因は、各チームがルイヴィトン・アクトを通して対戦してきたことにある。

最後に駆け込みで参加したチームや決して有力ではなかったチームも含め、各チームはルイヴィトン・アクトへの参加を通して、自身のボートに対する理解を深めていったんだ。その為、第32回大会を通して非常に接近した対戦が繰り広げられる結果となった。例え参加を強いられたとしても、結果的にルイヴィトン・アクトは各チームにとって、アメリカスカップ本戦へ向けた最良の準備期間となったんだ。アメリカスカップに参加するチームが、これほどにまで海上での時間を割き、本物のレースを通じて練習を積むということは、未だかつてなかった。だから、過去のアメリカスカップで見られたように、スタートラインでボートが壊れたり、装備が故障したり、ミスジャッジが下されたりといった馬鹿げた失敗がなかったんだ。

こうして毎日の積み重ねをきっちりとこなしてきた2チームが最終的にカップを懸けて対戦したという訳で、その一翼を担えたことはこの上ない喜びだったよ。

-------------------------------

最後に、このインタビューも含め、いつも素晴らしい情報を提供し続けてきてくれたBYMニュース代表マリアン・マルティン女史は、昨年11月18日心臓発作のため急逝したことを付記しておきます。

BYM Sailing & Sports News: Marian Martin 1941- 2009

遅ればせながら、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月30日 (土)

「USA」は空を飛ぶ

まずはこの映像をご覧ください。

これは今日1月30日バレンシアで撮影されたBMWオラクルの挑戦艇「USA」の新しい映像です。

彼女の姿をみているだけで、忌まわしい法廷での争いも全て忘れることができます。

本当に凄いボートです。

---------------

追記です。

1月28日に撮影されたオンボード映像がバレンシア・セーリングによりアップされましたので、追加しておきます。

もうひとつオマケです。

まだヘッドセイルを上げていないというのに、何というスピードでしょう。ちなみに、バレンシア・セーリングによると、風は5.5ノット(3m)程度しか吹いていなかったということです。ウェーブピアーシングバウの効果も良くわかります。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧