カテゴリー「アメリカスカップの歴史」の記事

2015年4月23日 (木)

Japan to launch team to challenge Oracle!

英国の Independent 紙 (電子版) が日本の挑戦について伝えています。

The Independent: Japan to launch team to challenge Oracle

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© Gilles Martin-Raget / ACEA

この記事の要点をお伝えすると

  • チームのヘッド(スキッパー)は日本人。
  • 元チーム・ニュージーランドのディーン・バーカーも加入。
  • メインスポンサーはソフトバンク。
  • 挑戦の母体となるヨットクラブは関西ヨットクラブ。
  • ボートの開発には、防衛者であるオラクルの支援を受ける。
  • 挑戦の調印式にはラッセル・クーツに加え、孫正義氏、ラリー・エリソンも出席。
  • 5月にポーツマスで予定されているイベントに、この新生日本チームが出場するかどうかは不明。

Is this the real life?

Is this just fantasy?

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JSAFアメリカズカップ委員会は日本のアメリカズカップ再挑戦へ向けて活動しています。

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2015年4月 6日 (月)

こんなものは絶対にアメリカズカップではない: ブルーノ・トルブレ

さて、前回お伝えしたルナロッサ(プラダ)のアメリカズカップ撤退に対し、同じく長年に渡りアメリカズカップを支援してきながら、昨年関係を解消したルイヴィトンのブルーノ・トルブレが、現在のカップの保持者であり、また次回35回大会の防衛者であるゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC)、並びにオラクル・チームUSAを厳しく批判しています。

Bruno Troublé: This is definitely NOT the America's Cup

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一番左がブルーノ・トルブレ。 一人置いてラッセル・クーツ © Gilles Martin-Raget / ACEA

以下にトルブレの発言の全文を掲載します。皆さんはどう思われますか?

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私は今、アメリカズカップを巡る熱い論争から離れ、ヴェネツィアにおいてある自分のボートでセレニッシマの春を楽しんでいる。魑魅魍魎たちがアメリカズカップに良かれと、あれこれ画策しているようだが、その結果、カップは死につつある。過去2年間に行われたことは、間違いだらけなのだ。

 

ゴールデンゲート・ヨットクラブと彼らのセーリングチームであるオラクル・チームUSAは、ヨット乗りとしては素晴らしいが、神話を守るという点では全くダメだ。何十年もかけて培われ、またそれゆえルイヴィトンが30年にも渡って関係を継続してきたアメリカズカップのスタイルやエレガンスさというものを、彼らは抹殺してしまった。

 

彼らはハイレベルなパートナーたちを落胆させ、カップの地位を失墜させてしまった。彼らはカップを特別な存在にしてきた素晴らしい先人たちの伝説まで裏切ってしまった。そして、今彼らは、セーリング界と全然関係のないスタイルや人々を対象としたワンデザイン・カタマランによる競争を導入しようとしている。

今あるのは、日焼け止めとフライドポテトの臭いがする安っぽいビーチイベントだ。

こんなもんは絶対にアメリカズカップではない。

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2015年4月 4日 (土)

プラダの退場とルイヴィトンの怒り

米国時間の4月2日、ついにルナロッサ(イタリア)が第35回アメリカズカップ挑戦からの撤退を表明しました。

Luna Rossa: Team Luna Rossa Challenge announces its withdrawal from the 35th America's Cup

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© ACEA / Luna Rossa

ルナロッサ・チャレンジは、プラダの総帥であるパトリッツィオ・ベルテッリが第30回アメリカズカップに挑戦する為1999年に設立したチームであり、アメリカズカップへの挑戦者決定戦を主催してきたルイヴィトンとともに、長年に渡ってアメリカズカップの世界に欠かせない存在でした。

しかし、去る3月25日に第35回アメリカズカップの大会運営組織であるアメリカズカップ・イベント・オーソリティ(ACEA)が、レース使用艇のルールを大幅に変更すること発表。ルナロッサはそれをに反発。最終的に大会からの撤退を表明する事態となりました。

今回ルナロッサの公式サイトで発表された声明文の要旨は、以下の通りです。

  • ACEAによる挑戦チームと防衛チームの多数決により、昨年参加チームの全会一致で決定されたクラスルールが覆されてしまった。
  • 今回のルール変更は実質的に使用艇のワンデザイン化を企てるものであり、19世紀から続くアメリカズカップの伝統に全く反するものである。
  • これはコスト削減を口実に、ボートデザインに対する防衛者側のアドバンテージを増すものでもある。
  • ルナロッサとしても、現行クラスルール中でコストを削減する提案を防衛者側に度々行ってきたが、今回の決定によりそれらも全て廃棄されることとなる。

この決定により、6月にカリアリで予定されていたアメリカズカップ・ワールドシリーズの第1戦もキャンセルされることとなりました。

これに対し、同じく長年アメリカズカップを支援しながら、昨年関係を解消したルイヴィトンのブルーノ・トルブレが防衛者であるオラクルを批判するコメントを出していますが、それについてはこちらをご覧下さい

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2015年3月 4日 (水)

新生ニッポン挑戦作戦 発動!

前回の更新から少し間が空いてしまいました。その間、次回アメリカズカップの開催地発表、ニュージーランドのスキッパー、ディーン・バーカーのチーム離脱と、色々なニュースがありました。

しかし、我々日本人にとっての最大の関心事は、ウワサされる”第6の挑戦者”がどうなっているのか…では?

その真相が3月5日発売の Kazi 誌4月号に掲載されています。

http://www.kazi.co.jp/marine/kazi/2015/kz201504.html

詳細は西村一広さんによる記事をご覧頂くとして、とにかく

  • 日本がアメリカズカップに再挑戦することは、まったくの夢物語ではない!

のです。

そこで、まず第1ステップとして「ニッポンのユースアメリカズカップ参戦を真剣に考える」の活動を開始します。

前回サンフランシスコでのアメリカズカップは、フォイリングというセーリングの新しい可能性を示した画期的なイベントでした。以来、世界は新しい方向へ向けて着実に動きつつあります。我々だけが、とり残されるわけにはいきません。

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

そのために、まずこの↓フィールドへ日本チームを送りましょう!

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

世界が待ってるぜ!

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

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2014年11月28日 (金)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか?(2)

先日お伝えしたオラクルチームUSAのオーナー、ラリー・エリソン氏とアメリカズカップの関わりについてストーリーの続きです。

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© ACEA/Photo Gilles Martin-Raget
Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

爆弾低気圧の直撃を辛くも乗り切り、1998年のシドニー・ホバートレースを制したラリー・エリソンですが、当初はアメリカズカップに興味がなかったと言われています。

その彼がアメリカズカップに挑戦することになったきっかけについて、斉藤愛子さんが詳しくレポートされています。

斉藤愛子のSailing News: アメリカスカップ2003年情報 #1 ==あれから半年==

1995年サンディエゴで開催された第29回アメリカズカップにおいて、ラッセル・クーツ率いるチーム・ニュージーランドはデニス・コナーを破り、初めてカップをニュージーランドへもたらします。国民的英雄となったクーツは、2000年の第30回大会でも圧倒的強さを見せカップを防衛しますが、その直後チームの主要メンバーと共にスイスの大富豪エルネスト・ベルタレリ率いるアリンギへ電撃移籍してしまいます。

この衝撃的ニュースを<さよなら>のクルーから聞いたエリソンは、「それなら俺も」と自らのシンジゲートを立ち上げたのでした。BMWとジョイントし、BMWオラクルレーシングを設立したエリソンでしたが、2003年の第31回大会、2007年の第32回大会とも挑戦者決定戦(ルイヴィトンカップ)で敗退します。

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© Kazenotayori

一方、アリンギに移籍したクーツは2003年の第31回大会でも圧倒的強さを見せ、母国ニュージーランドからカップを奪い去ります。しかし、その後運営方針を巡りオーナーのベルタレリと対立、結局アリンギを去ります。そして、第32回大会終了と同時にオラクルへ移籍、エリソン&クーツの最強タッグが誕生したのでした。

その後のルールを巡るアリンギとの法廷闘争、そしてモンスターヨット同士の対決となった第33回大会については、2007年から続く当ブログで詳しく記したとおりです。

かぜのたより アメリカズカップ編: 33rd America's Cup (カテゴリー)

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© Jose Jordán/America's Cup Management

まぁ、今振り返ってみると全く先の見えない法廷での争いと、その結果生まれたルール無用の(厳密には19世紀の文書に則った)モンスターボート同士の対決と、かなりエキサイティングな第33回大会ではありました。それまでの"ヨット"というものの概念を完全に覆す怪鳥<USA17>をクーツと共に作り上げたエリソンは、アリンギとの一騎打ちを制し、遂にカップを手に入れるのでした。

エリソンにとっても、この第33回大会と<USA17>は特別な存在であるようで、現在もオラクル本社前に飾られ、また「オラクル・オープンワールド」のコンベンション会場へ引っ張り出されるなどしています。

さて、こうしてアメリカズカップに勝利したエリソンですが、この第33回大会だけで2億ドル(240億円)、さらに昨年の第34回大会には1億5千ドル(180億円)を投じたといわれており、その大半はオラクルからではなく、彼の自己資金から捻出されたともいわれています。

アメリカズカップの憲法である「贈与証書」の規定によると、現在のカップの所有者はエリソン個人でも、「オラクル・チームUSA」でもなく、彼らが所属するゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC)ということになります。

GGYCには5名の委員からなる「アメリカズカップ委員会」が組織されており、エリソンとクーツもメンバーとして名を連ねています。よって、実質的には彼ら2人がアメリカズカップの行く末を決められる立場にあるといってよいでしょう。

そして、昨年開催された第34回大会において、彼らが伝統的なソフトセイルとモノハル艇を捨て、ウィングセイルとフォイリングカタマランによるダイナミックなスポーツへとアメリカズカップを変貌させたことはご存知のとおりです。

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©ACEA/Photo Gilles Martin-Raget

エリソンは一体どこをめざしているのか?

この疑問に対し、昨年サンフランシスコの自宅 (桂離宮を模したあの和風大豪邸) でCBSのニュースキャスター、チャーリー・ローズのインタビューを受けたエリソンは、以下のように答えています。

CBS News: Oracle CEO Ellison on America's Cup racing: "It has to be a little bit risky"

「我々はいかにして若者に受け入れられるスポーツになれるかを、他のスポーツと競い合っているところなんだ。セーリングをもっとエキサイティングで現代に合ったスポーツにしなければならない。いつまでも1851年のままというわけにはいかないからね」

----  新しいボートに対して『あれはもうアメリカズカップではない』『やりすぎだ』という批判がありますが?

「オリンピックにプロが出場することにだって批判はある。人は変化が嫌いなんだ。スケボーをオリンピック種目へ加えることにも多くの批判がある」

---- でもそれは別の話ですよね。これは単なる変更というレベルの話ではなくて、それまでの考え方を根本から変えてしまうような大変革です。

「例えばスノボを入れたことも、オリンピックにとって大変革だったといえるだろう。我々はスポーツを時代に合わせていかなければならないんだ」

---- でも、それはカネがかかると同時に危険でもあります。バート・シンプソンの事故はあなたにとって心の痛手となりませんでしたか?

「我々はアメリカズカップをエクストリームでエキサイティングなスポーツにすると決めた。だが、決してセーラーが怪我をするほど本当に危ないスポーツにするつもりはなかった。セーリングの世界は小さい。彼の死は家族が死んだのと同じで、決して忘れられるものではない」

---- この事故が起きたとき『やりすぎた』とは思いませんでしたか?

「それは私も考えた。だが、今は正しい選択をしたと思っている。セーリングを (一部金持ちのスポーツから) 広く経済的にも受け入れられるものにするには、もっと速くて先進的なボートが必要なんだ。テレビで観ても面白くて、若者の間でもっと人気が出るようなスポーツにならなければならない。そのためには、見ている人が少しハラハラするくらいの方がいいんだ」

--- あなたはもうアメリカズカップに勝利したではないですか。なぜラリー・エリソンほどの人物が『よっしゃ勝ったぞ!また最速のボートと最高のセーラーを揃えて何度でも勝ってやるぞ!』というような行動をとるのですか?

「おかしなことなんだが、2回続けて負けた後、私の性格的に負けているうちはやめられないことに気づいた。そして今度は勝った後、性格的に勝ってるうちはやめられないことに気づいたんだ。まるでワナにハマったようなもんだよ。私はタバコを吸わない代わりに、ヨットにハマってるんだ」

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エリソンとクーツがアメリカズカップのスタイルを全く変えてしまったことに、批判があるのは事実です。しかし、このインタビューからはセーリングの将来を憂い、変えていかなければならないという彼の強い信念が感じられます。

確かに昨年サンフランシスコでAC72によるバトルを観たとき、ブログ主とんべえも「こりゃスゲェ!」という衝撃を受けると同時に、ヨットレースが全く新しい次元に入ったことを実感しました。

セーリング人口がどんどん高齢化しているなか、次世代にこのスポーツの面白さを如何にして伝えるか、この命題に対するひとつの回答であることは間違いありません。

今年の9月ラリー・エリソンは長年勤めてきたオラクルのCEOを辞め、CTOに退きました。これによって空いた時間で、彼はこれまで以上にアメリカズカップに深く関わるであろうともウワサされています。これから彼とクーツがアメリカズカップの未来、そしてセーリングの未来に対しどのようなビジョンを示して行くか、今後も注視していきたいと思います。

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2014年11月16日 (日)

なぜラリー・エリソンはアメリカズカップにこだわるのか? (1)

2017年に開催される第35回アメリカズカップの行方を占う上で重要なカギを握っているのは、言うまでもなくオラクルチームUSAのオーナーであるラリー・エリソン氏です。

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© ACEA / PHOTO ABNER KINGMAN

IT企業オラクルの創立者であり、世界有数の億万長者であるラリー・エリソン。その彼が何故アメリカズカップにこだわるのか、興味深い記事が掲載されていたのでご紹介しましょう。

Business Insider: Why Oracle Founder Larry Ellison NEEDS To Have The World's Greatest Competitive Team

Royal Gazette: Ellison's key role in America's Cup decision

2014年版のフォーブス世界長者番付において、総資産494億ドル(5兆7000億円)で第5位にランキングされるラリー・エリソンがセーリングに出会ったのは、1966年カリフォルニア大学でセーリングクラスを受講した22歳のときでした。

すっかりセーリングの虜となったエリソンは、25歳のとき34フィートのレーシングスループ艇を購入します。

彼はセーリングの魅力についてこう語っています。

「誰にも邪魔されず、ただ風のまま旅をする。そんなセーリングの魅力にとりつかれてしまったんだよ」

その後、1977年にオラクルの前身であるSDL(Software Development Laboratories)を設立するなど超多忙となり、最初のヨットは程なく手放してしまいますが、彼のセーリングにかける情熱が失われることはありませんでした。

90年代に入り、エリソンは78フィートのヨット<さよなら>を購入し、高いレベルでのレース活動を開始します。ビジネス同様ここでも彼は素晴らしいリーダーシップとセーリングスキルをみせ、マキシクラスの世界チャンピオンに5度輝きます。

しかし、同時に厳しくつらい事態にも遭遇します。1998年オーストラリアで開催されたシドニー・ホバートレースに、エリソンは自ら<さよなら>のスキッパーとして参加します。

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© Youtube / CYCATV

シドニーをスタートし、タスマニアのホバートまでの630ノーティカルマイル(約1200km)を帆走するこのレースは、元々荒れることで有名でしたが、特に1998年のレースは爆弾低気圧の直撃を受け、最大風速は70ノットにも達し、参加114艇中5艇が船体放棄、66艇がリタイア。わずか44艇が完走する一方で55名がヘリで救助され、死者行方不明6名を出すという最悪のレースとなりました。

このレースでエリソンの<さよなら>は優勝を飾りますが、彼はレースに勝ったのではなく、ただ単に最初の生存者になったに過ぎないと、のちに語っています。

Courier Mail: Larry Ellison says 'never again' to Hobart race

「いつもあれは私の人生を変えた経験だったと思うんだ」

「素晴らしい天候の下、シドニーのハーバーを出発したあと、空は徐々に暗くなると共に風は激しくなっていった。そして12時間後には、当時の大会記録保持者が24時間で到達した地点を、我々は遥かに超えていた」

「つまり、大会記録の倍を超えるスピードで進んでいたんだ。こりゃスゴイぞ。でも一体どうなってるんだ?と思ったのを覚えているよ」

「<さよなら>は21ノット以上のスピードが出ていた。でも私は『そんなはずはない』と言い続けてたんだ。そのときはまだ普通の嵐で、その先に何が待っているか、我々には全くわかっていなかった」

70ノットの風と波にもみくちゃにされた後、風は俄かにおさまります。そのとき彼は「助かった!」と思いますが、じきにそれは間違いであると思い知らされるのです。

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© Youtube / CYCATV

そうです。彼らは爆弾低気圧の"目"に入ったのでした。

「<さよなら>には2台のノートPCを搭載していたんだが、その画面上に映し出される低気圧の中心のほんの右側に小さな"+"マークが表示されていた。実はそれが我々だったんだ。」

「我々は『助かった!』と思っていたが、実はまだ半分に過ぎなかったんだ」

そのときの海の状況は非常に恐ろしいものであったとエリソンは語っています。

「とにかく全てが普通じゃなかった。風の音はそれまで聞いたことがないほど、ものすごくカン高いものだった。空も異常なら波も異常。何もかもが異常だった」

この九死に一生をえるような経験にも関わらず、彼はセーリングへの情熱を保ち続けます。

<<つづく>>

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2014年11月 5日 (水)

スピットヒルがセーラー・オブ・ザ・イヤーに

オラクル・チームUSAのスキッパー、ジェームス・スピットヒルが 国際セーリング連盟(ISAF)の選ぶセーラー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。

ISAF: 2014 ISAF Rolex World Sailors Of The Year Announced

今回の受賞は、昨年奇跡の大逆転を果たした前回アメリカズカップの勝利に対してのものです。

スピットヒルのコメント: 「こんな素晴らしいみなさんと一緒に候補者に選ばれるだけでも恐縮なのに、僕が受賞するなんてちょっと申し訳ない気がします。この賞は個人に送られるもののようだけど、僕の場合正確には当てはまらないと思います。サンフランシスコ湾で起きたのは、信じられようなチームの努力の結果であり、僕はその一員であったに過ぎないんです。だから、僕は素晴らしいチームであるオラクル・チームUSAを代表して、この賞をいただくことにします」

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Photo Copyright: ISAF

正直「あれ?今頃?」という気もしますが、昨年は大会直後だったということもあり、選考対象から外れてしまったんでしょうね。

最近のベン・エインズリの精力的な活動を見ていても、やはりセーリングの世界では、アメリカズカップはオリンピックの先にあるもの、オリンピックメダリストたちがその先の究極の目標として目指すものなんだなぁ…とあらためて思います。

ともかく、おめでとう、ジミー!

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2014年11月 2日 (日)

第35回アメリカズカップの開催地は何処に?

2017年に予定されている次回アメリカズカップの開催地ですが、現在米国サンディエゴか英領バミューダ諸島の2ヶ所に候補地が絞られています。

当初は前回大会の開催地で、現在のカップ保有者であるゴールデンゲート・ヨットクラブ(GGYC)のお膝元サンフランシスコに加え、ニューポート、シカゴ、そしてサンディエゴとバミューダが候補に挙がっていましたが、早々にサンフランシスコとニューポートが脱落。その後、シカゴとハワイも落選し、現在2候補が残っている状態です。

35th America's Cup: Bermuda and San Diego shortlisted as America's Cup venues

大会オーガナイザであるアメリカズカップ・イベントオーソリティ(ACEA)は、年内に次回開催地を発表するとしています。

さて、現在候補に挙がっているサンディエゴとバミューダですが、次回大会にエントリを表明しているアルテミスのサイトに、それぞれの開催地でのレーシングコース案が掲載されています。

Artemis Racing: Statement from the America's Cup Teams meeting

バミューダのコース案

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サンディエゴのコース案

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どちらも大衆の面前でレースを行う”スタジアム・セーリング”を念頭に置かれたものです。

確かに従来のヨットレースは、レースの展開や勝敗が一般の人にはわかりにくいものでした。そのため、2013年に開催された前回のアメリカズカップでは、サンフランシスコのダウンタウンの目前にレースコースが設定され、さらにITを駆使したヴィジュアル化によって、レース展開をわかりやすくしていました。

今回のコース案は、そのアイデアを踏襲したものになっています。

しかし、かつてサンディエゴの住人であったブログ主とんべえにとって、バミューダのことはよくわかりませんが、サンディエゴの案はちょっといただけない気がしています。

まず、サンディエゴ湾内は大衆の面前でレースをするにはよいとしても、風が弱い。前回のようなダイナミックなフォイリングが期待できるのか? さらにシェルター島とコロナド島との間の海域が狭過ぎます。AC45ならともかく、AC62には明らかに狭いでしょう。

とはいえ、サンディエゴは良いところです。積極的に誘致を行っているサンディエゴによって作成されたこのビデオを見てください。

うーん、やっぱりサンディエゴがいいな。

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2013年9月25日 (水)

第34回アメリカズカップはオラクル・チームUSAの勝利!

いやぁ終わってしまいました。最後はオラクルの圧勝でした。あと1敗もできない瀬戸際1対8からの8連勝。こんなの見たことないです。

早々に王手をかけながら、あと1勝ができなかったニュージーランドにとっては、勝利目前でノーレースになった第13レースが悔やんでも悔やみきれない結果となってしまいました。風の神様はいつも気まぐれです。

とにかく160年に渡るカップ史上でも稀に見る接戦となった第34回大会は終わりました。この先アメリカズカップはどうなるのか?我々になにができるのか?新しいスタートの始まりです。

おめでとう、オラクル・チーム USA!

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2013年9月24日 (火)

勝利の女神はどっちに微笑むか?

ルイヴィトンカップを通じて ETNZ が完璧かつ圧倒的な強さをみせたとき、そして、そのままの勢いで OTUSA を圧倒つつあったとき、誰がこの展開を想像できたでしょうか?

ETNZ が王手をかけた後、OTUSA は脅威の7連勝で巻き返し、勝負はついに第19レースに持ち込まれることとなりました。

泣いても笑っても、明日が最後。間違いなくアメリカズカップの歴史に残る両者の闘い、勝利の女神はどちらに微笑むか?

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